第8話 宰相閣下はなかなか提案を受け入れてくれない

「リューゲン・アルベルトは、十八歳の成人をもって、国王陛下が名付けられたリューゲンの名前と、ア゠イゲルを返上し、王位継承権を放棄。のちの継承権の混乱をきたさないために、僕の血を引く者はラーヴェ王国の王位継承権は持てないものとする。この提案は当事者であるリューゲン・アルベルトがしたものである。これを明文化し、国王陛下と宰相閣下、そして実質的な僕の後見人のおじい様であるマルコシアス・フルフトバール侯爵、当人である僕のサインをし、国王陛下と宰相閣下、おじい様の三者で書類を保管する。製作した書類には神殿誓約を織り込む。以上でどうですか?」

 文章として残して、おまけに神殿誓約で縛る。

 言ってない覚えてないなんて言う逃げ道を自らふさいだのだ。

 これなら文句もあるまいと笑顔を見せる僕に、宰相閣下はスンとした表情で僕とおじい様を見比べ、そしておじい様に尋ねる。

「マルコシアス卿はそれでよろしいのか?」

 貴族しかも侯爵位を持つ高位貴族なら、たいていは野心があり、自分の娘が王の子を産んだなら、なんとしてでも次期国王陛下にさせたいと思うのも当然だろう。

 っていうか、通常はそんなもんなのだ。

 だけどおじい様は違う。


「かまわぬから何も言わないのだが?」


 富も名誉も持っているおじい様は、王権に興味もなければ、魅力も感じていない。

 だから母上に、国王陛下の寵愛を得よなんて言う命令はしなかった。

「ご自身の血を引くリューゲン殿下を王にと望まれたくは」

 宰相閣下の言葉はおじい様の逆鱗に触れた。

「私はもとより王家との縁を望んではおらん」

 声を荒らげたりはしていないが、宰相閣下の発言を途中で遮り、怒気をあらわにして言い放つ。

「それを陛下との婚姻に釣り合いの取れる貴族の娘がわが子しかいないという理由で、婚約を王命で下され、陛下が隣国から嫁を娶ると言って白紙にされ、その嫁に子ができないから側妃になれとこれまた王命が下されたのだ。それらのことは、こちらから是非にと言ったことも、それを望んだこともない。ここまでコケにされた屈辱が殿下の王位程度で収まるとでも?」

 暗に、おじい様の望みは、僕が国王になることではなく、マルコシアス家を踏みつけてくれた国王陛下の首だと言っている。

 それを明確な発言にしていないから不敬罪は適応されない。

 そしておじい様の発言の裏に隠された意味に気づいたであろう宰相閣下は、顔面蒼白になった。

「本人が要らんと言っているのだ。子供の発言を真に受けることはできぬと言うから、神殿誓約付きの書類さえも作ると言っている。親である国王陛下もこの提案に異議もないご様子だ。反対しているのは卿だけである」

 だからさっさと誓約書にサインしようぜ? ってことなんだけど宰相閣下はなかなか首を縦に振ってくれない。

「わ、私は、王になるべきはリューゲン殿下であっていただきたいだけです」

「なるほど、そういうことか。しかし殿下が国王になったところで、卿の傀儡にはならんぞ。というか、できると思うてか?」

 あ、なるほど。それならこっちの提案を受け入れたくはないか。

 だって今までの僕って、ちょっと頭の足りない王子様っていう感じだったし、傀儡にするなら絶好のカモだよねぇ?

「そんなことは考えていません!」

 宰相閣下は心外だと言わんばかりの表情で声を荒らげてくる。


 僕、宰相閣下って規律に忠実な人、なんじゃないかなぁって、思っていたわけよ。

 僕がいつまでも母上のそばにいたことにも言及したし、王宮から母上と僕に予算が回ってないことを知って驚いていたし。

 でもおじい様は、宰相閣下がここまでぐずるのは、善意ではなく、それなりの思惑があると、そうみているようだ。

「ほう? 私はてっきり扱いやすい第一王子殿下を王位に就かせ、実権を卿が持つことを狙っていると思ったのだが? それ以外で、卿が第一王子殿下を国王に就かせたがっている理由があるなら説明してくれたまえ」

「誰がどう見たって、リューゲン殿下のほうが王位に相応しいではありませんか」

 ぽつりとぽつりと宰相閣下はこぼす。

「確かに今までのリューゲン殿下においては、良くない話しか耳にしておりませんでした」

 愉快なお仲間たちが、僕に対する虚偽の心象操作を行っていたからね。我儘だとか、気に入らなければ癇癪を起すだとか。

「しかし今、このリューゲン殿下を前にして、それが事実だとは思えません。こんなこと、普通の六歳児が言い出すわけがない。百歩譲ってマルコシアス卿がリューゲン殿下にそう言わせているにしても、言わせられている感が全くない。どう見たってリューゲン殿下のご意志だとわかります。第二王子殿下など、比較対象にもなりません。このような傑物であらせられる方が王ではなく、誰が王になるというのです。しかも王族から離籍させるなど、国の損失ではないですか」

 思いの丈を吐き出すかのように宰相閣下はそう言うけど、僕、全く心に響かないや。

「第一王子殿下にこんな決断させたのは誰かね?」

 とどめのおじい様の問いに、宰相閣下は苦渋に満ちた表情を浮かべながら、口を開いた。


「……わかりました」


 わかったって言いつつも、納得はしてないよねこれ。

 もう態度から言って、絶対に嫌だー。って感じなんだもん。でも諦めて、恨むなら国王陛下にしてね。


 そうこうしているうちに、呼び出しをした王宮の侍従長と侍女長、それから宮中大臣と財務大臣がやってきて、第一王子に対しての対応と、側妃と第一王子に支払われているはずの費用の行方が追及されたのだが、そんなのは後で会議でも開いて、そっちでやってくれねーか?


 まず、侍従長と侍女長の言い分。

 国王陛下の側近たちから、第一王子殿下に関しては、何をしても注意せず、どんなことでも褒め称えるようにと指示されていた。


 宮中大臣の言い分。

 第一王子殿下と側妃様の待遇については把握していたが、国王陛下が現状に何も言ってこられなかったのと、お二方の話をすると不機嫌になられて、いいようにしておくようにという回答ばかりだったので、そのままにしていた。(つまり国王陛下へ忖度のため放置)


 財務大臣の言い分。

 国王陛下が第一王子と側妃を邪険に扱われていたので、国王陛下のために、王妃様と第二王子殿下のほうへ側妃と第一王子の予算を振り分けていた。(やっぱり国王陛下への忖度)


 いやぁ~、ものの見事に、マルコシアス家に喧嘩を売ってるよな。

 彼らの処分をどうするかは、宰相閣下とおじい様で取り決めるそうだ。

 その取り決めに国王陛下がいないのは、今まで僕のことを放置していたという実績から、僕の親であることを放棄したという判断が下されたからである。

 今後、僕に関する大人の手続きが必要なことは、全部おじい様が代理で行うので、国王陛下の出番はない。

 国王陛下も僕のことは要らんと言ってるわけだし、決まったことにサインするだけなので、文句もなかろう。

 っていうか、それぐらいは仕事なんだからやっていただきたいものである。





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