第6話 国王陛下の手足をもいでやろう

「まず、今まで、王宮内で僕が何をしても、誰一人として諫めることはありませんでした。下級の近衛騎士や侍女なら、それも仕方がないでしょう。彼らが僕に直接声掛けすることは禁じられてはいませんが、心情的に不敬を気にするでしょうから。しかし、王宮の侍従長や侍女長、それからそこにいる国王陛下の愉快なお仲間たちさえも、好き勝手に動く僕に対し諫めることはございませんでした。それどころか、下級の騎士や侍女が勇気をもって諫めようとすると、僕に対する不敬だと叱りつけ、僕には『貴方は悪くないし、何をしても許される身なのだから、ああいった者の言葉に耳を傾ける必要はない』と吹き込んできました。これは国王陛下、貴方のご指示なのでしょうか?」


 僕の告げた内容に、おじい様と宰相閣下の表情が厳しくなる。

 そりゃねぇ、もうこれは明らかに作為がある行いだ。しかも特大の悪意まで混ぜ込んだ、継承権第一位を持つ第一王子に対する背信行為である。

 真っ当な侍従や侍女ならば、道理から外れようとする第一王子を諫めることはあれど、それを増長させるようなことはしない。

 誰に唆されようともだ。


 でもその命を下した相手が、この国の一番のトップだったら?


 大きな権力からの圧力に、木っ端な使用人は逆らうことなんてできやしない。

 自分の身だけではなく、家族がいたら、親兄弟、妻子に何かされるのではないかという恐怖もあるだろう。

 大きな権力は、簡単に、有ったモノをなかったモノにできるし、それが誰かの手によるものなどではなく、事故だったなんてことにも出来るのだ。


 さぁ、どんな返事が来るかと思ったら、国王陛下はしれっとした表情で、自分は全く関係ありませんという雰囲気を前面に押し出して答えた。


「そんなことは知らん。私はそんな指示を出してはいない」


 さすがは国のトップ張ってるだけはある。面の皮が厚い。腹の探り合いには慣れっこってところだろう。

 でも言ったな。おめー、それ、自分の首絞め行為だからな。

「では宰相閣下、王宮の侍従長と侍女長に、聞き取りをお願いします。国王陛下の指示ではないなら、なぜ僕にそのようなことをしたのか、調査する必要がありますよね?」

 偶然だとか思い違いだとか、そんなふうに片づけたりしない。

「調査をしないのであれば、これは明らかに王位継承権第一位の者に対する背信行為ですので、王宮内の人員教育どうなってるんです?」

「誰か、侍従長と侍女長を連れてくるように」

 宰相閣下は自分の従僕に指示を出す。

 国王陛下も国王やってるんだからそこまで馬鹿じゃねーだろうから、最悪、侍従長と侍女長は、トカゲのしっぽきりよろしく、見捨てればいいと思ってるだろうけれど、それだけじゃ済ませてやらねーわ。

 お次は、おめーの手足をもぎ取ってやんよ。覚悟しろ。


「そちらの国王陛下の愉快なお仲間方のお答えは? 直答、許しますよ。国王陛下は王宮内の上級使用人たちの、僕の人格形成の歪ませを知らなかったようですが、貴方たちとは三日前に会っています。その時に起きたこと、忘れたとは言いませんよね?」


 三日前、王宮の庭に咲いていた花を勝手に折った僕を叱ってくれた庭師がいた。


 そんなことをなさってはいけません。花が欲しければこの爺におっしゃってください。殿下のために一等綺麗な花を献上させていただきます。


 そう言ってくれた庭師に、この愉快なお仲間たちは、『王子のやることに、異議を唱えるのは無礼であろう』と言って、僕の前から下がらせた。

 たぶん後で、庭師には『第一王子は癇癪持ちだから、怒らせたらお前を首にしろと言い出しかねない』的なことを言ったんじゃないかな?

 僕が癇癪を起こして周囲に八つ当たりしたことはないんだけど、こんなのは言ったもの勝ちだ。僕を貶め評判を下がらせつつ、庭師に人道的な行いをさせなかったことを誤魔化す、一石二鳥なやり方だね。


 そして僕には『殿下は貴きお方ですから、些事にこだわることはございません。何処であろうとお心のままに、お好きになさってください』と言ったのだ。

 あの時の僕は、まだ今の僕ではなかったので、思考のほうは、何言ってやがるんだこいつらと思っていたけれど、感情のほうが奴らの誘導通りに歪みかけていた。

 怒られなかった、よかった、嬉しい。って感じだったかな。

 今こうやって回線が繋がっている状態なら、いやそこは怒られなきゃいけないんだよ。勝手に花を折ったのは僕が悪いんだからって思えるんだけどね。


 たかが花、されど花。

 悪いことをして諫めない、明らかにやらかしている、国王陛下の愉快なお仲間たち。

 質疑応答は国王陛下だけだと思ってただろう? 自分は蚊帳の外だと思ってただろう? 残念だったな、おめーらも道連れだ。

 ほら、王族の僕が、直答許してんだぞ。答えろや。


「あ~……、まいりましたなぁ」

 ハント氏かフース氏か、わからんが、全体的にチャラい感じの側近が、へらへら笑って頭をかく。

「何か誤解があるようで」

「どんな?」

 間髪を容れずに聞き返してやる。

 その状況で、なんの誤解があるんだ。

「どんな誤解なんですか?」

 さらに突っ込まれるとは思ってなかっただろう?

 なぁ、ここにきて、お前はまだ僕が、三日前にお前とあった僕と同じだと思ってるのか? あの時のように簡単に丸めこむことが出来ると思っての発言か?


 僕に対しての、なめくさりやがってるその態度が、雑にあしらうことが出来ると自惚れているその様子が、猛烈に気に入らない。


 僕の切り込んだ問いかけに、チャラ側近は気圧されたのか、へらへら笑いを引っ込める。

「ですから、殿下はご自分の気に入らないことがあれば、すぐに癇癪を起こされるではないですか」

「いつ僕が癇癪を起こして周囲に八つ当たりをしたことがありましたか?」

 こうなる前の僕は、思考と肉体が一致していなかった。いつもぼんやりして、人の話を聞いているかいないかわからない。そんな状態だった。

 そして癇癪持ちで八つ当たりをするなんて言う事実無根の流言を流布されたとしても、頭の足りない僕が、否定することもない。

「そ、そんなのっ」

 チャラ側近が最後まで言い終える前に、もう一人のモノクルを着けた神経質そうな側近が、国王陛下のデスクの上に置いてあったペーパーウエイトを握りしめると、その握りしめた拳で、チャラ側近の横っ面を思いっきり殴り飛ばした。

 うっわ、殺意高っ。


「なっ、お前! エルンスト! なにをするんだっ!」

「黙れ。口を開くな。騒いだらもう一発殴る」


 ペーパーウエイトを握りしめた手を振り上げるモノクルの側近に、チャラ側近が顔を青ざめさせながら何度も頷く。

 それを見て、持っていたペーパーウエイトを元の場所に戻し、モノクルの側近は僕に向かって頭を下げた。

「大変申し訳ございません。殿下に対する一連の対応は、我々の勝手な判断でございます。処分はいかようにもお受けいたします」

 うまいなぁ。自分が悪いってことを前面に押して、重要な動機をうやむやにしたよね。

「ハント卿、それは答えになっていませんよ」

 そして宰相閣下はそれを見逃すほどお優しい人ではないようだ。

「リューゲン殿下を歪ませようとした動機は何ですか?」

 ですよね~。聞いちゃうよなぁ。

 モノクルの側近は渋い顔をしたまま続けた。


「王妃殿下のお子である第二王子殿下に、王太子になっていただくためです」


 予想通りのお答えでした。





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