第3話 大ボスを味方につけた

 僕を見下ろすおじい様は、母上の前にいた好々爺な雰囲気から一変、さすがは建国時から連綿と続いているマルコシアス家のご当主だけある。

「お久しぶりです、おじい様。随分と手際がいいですね?」

 まるで前から準備していたみたいにね。

「ヘンゼルから、殿下が動かれたと、連絡がございましたゆえ」

 あの爺さんか。


 いつも気配がなくて、気が付くと母上の後ろに立ってるんだよなぁ。歩いてるときも靴音聞こえないし、母上の護衛騎士とは違った感じの、無駄な動きがないっていうか……。

 母上を前にしたおじい様とは種類が違う好々爺なんだけど、なんか不気味なんだよあの爺さん。

 あれだけ出来るんなら、マルコシアス家のほうで采配振るってそうなんだけど、『爺には激務でございますよ』って言ってんだよ。僕、何も言ってないのにさぁ。


 あの爺さん、いつの間におじい様に連絡したんだ? どうやって? あ、もしかして魔道具か? 一応この世界、魔法も魔道具もあるらしいから、特定の場所だったら、即時に連絡できる。

 に、しても、僕がなんだって? 僕が何かしたところで、おじい様がこんなにも早く母上を迎えに来る理由になるとは思えない。

 もしかして僕、あの爺さんに監視されてたのか?

 いつも僕の傍にいるのは、あの爺さんじゃなくって、性別が違うのに全く同じ顔をした双子のやべー従僕とやべー侍女だ。

 一応、あの二人は僕の子守りらしく、僕が一人で動き回るときは、二人そろってくっついてくる。

 あの二人がなにか報告したのか?

 そう考え込む僕とは裏腹に、おじい様は何かを探るような視線を向けてきた。


「リューゲン・アルベルト殿下。貴方は、わが娘リーゼロッテの子にて、わが孫のアルベルトでございましょうか?」


 放置されていても、僕は王家の人間だからか、おじい様は僕に対して砕けた物言いはしない。

 いや、でもここにいるのって全員おじい様が手配した人間だけしかいないんだし、別に、かしこまらなくてもいいと思うんだけどなぁ。

「その心は?」

「……昨日までの殿下とは、人が変わったかのように性格が違うと」

 執事の爺さんにそう言われたわけか。

「昨日までの僕とは?」

 僕の問いかけに、おじい様は口をつぐむ。逆に問い返されるとは思っていなかったのか。


 とは言うものの、僕もね、自分が変化したことを隠しきれるとは思っちゃいない。

 そう、さっきの、あの母上のヒステリーで置物やら花瓶やらの美術品が壊された破壊音を聞いて、僕はやっと自分の思考とこの体が一致した。


 ついでに、今までの僕ではない、違う人の記憶がインストールされた。


 それが前世の僕なのか、はたまたその世界の人間に憑依されたのか、いや後者ではないだろうな。

 だってこの僕は、今までここで生きていた僕だ。

 ただ、昨日までというか、さっきまでの僕は、このまま成長するにしても不安だけしかない感じだったのは確かである。


 前世の記憶がインストールされる前の僕は、はた目から見ると常にぼんやりとしていて、自分から進んで話すこともないし、何か能動的に動くこともなかった。

 それは自分の考えと、肉体が一致していなかったからなのだが、おそらく周囲……特に王宮のほうの使用人たちには、少し足りない王子だと思われていたのではないだろうか?

 だけど、かえってそれは僕にとっては、いいあぶり出しだったと思う。

 王宮のほうの使用人たちは、僕に対して目に見えて無礼な態度をとっていたわけではなく、むしろ異様なほどに煽ててきた。

 何やっても怒らないし、叱らないし、みんなにこにこ笑って『まぁ、殿下素晴らしいです』『さすがは殿下でございます』こればかりだ。

 なんの教育もされていないくそったれな子供に、あたりさわりのない、無意味で優しい言葉だけをかけ、持ち上げ、虚栄心を煽る。

 あぁ、もうこれは、王宮事情を知ってる人間ならすぐにわかるだろうね。


 馬鹿を作ってるんだなぁって。


 ラーヴェ王国の王位継承権の第一位は、国王陛下の第一子が持つことになっている。その第一子を産んだ胎が、王妃胎だろうと側妃胎だろうと、優先位はない。

 国王陛下の第一子が王位継承権の第一位で、成人の儀が立太子の儀になり、自動的に王太子になるのだ。

 つまり、国王陛下は、王妃様が産んだ第二王子を次代の国王にするために、側妃が産んだ邪魔な第一王子をどうしようもなく傲慢で尊大な性格になるように誘導しているのだろう。


 情操教育皆無の僕は、母上がヒステリーを起こせば、どこかへ逃げ隠れるか、なにをどうしていいかわからず、暴れる母上をぼんやり見るだけだった。

 それが、声をかけて寄り添って慰めて、挙句に『あの旦那、必要? 捨ててもよくない?』なんて、唆しだす始末だ。

 泣いている母親に対して、どうすればいいかわからず、結果何もしなかった、今までのリューゲン・アルベルトとは思えない言動。

 悪魔憑きと疑われても仕方がない。

 いや、憑いたのは悪魔ではなく、前世の僕で、しかもこの世界よりも、もうちょい発展した時代で生きてた人間なんだけど。


「僕は僕ですよ。ただ、んー、そうですね。頭の回線が繋がったんです」


 おじい様を見上げ、臆することなく発言する。

 繋がったのは、思考と肉体だ。でもこの説明は間違ってもいないだろう。

「かいせん?」

「切断されていたものが接続された、って言えばわかりますか? だから、僕の置かれてる状況や、母上の処遇が、ちょっとどころか、かなりおかしいなぁっと気が付いちゃったんですよ」

 僕の返答に、おじい様は驚愕の表情を浮かべ、そしてひざを折り、頭を下げた。

「私の力及ばずに殿下に不遇を強いたこと、大変、申し訳なく、伏してお詫び申し上げます」

 あぁ、おじい様はきっと、母上だけではなく、僕の境遇に対しても憂いていたんだろうな。


 だって、僕は第一王子で、もう六歳になるのに、側妃宮に捨て置かれている状態なのだ。

 普通はさ、国王陛下の直系の血筋、しかも第一王子を、いつまでも母親の、しかも側妃のそばに置いておくか?

 本来なら生まれてすぐに王子宮に移し、それこそ赤子のうちから、王族としての情操教育やらマナーやらを受けさせるだろうよ。

 母親のそばに置き、王族としての教育も受けさせず、ただただ放置してるということは、それが国王陛下と愉快なお仲間たちの答えなのだろう。

 いくらおじい様が建国から続く名家の血筋で、国の重鎮である侯爵であったとしても、王族である僕のことは、迂闊に手を出すわけにはいかない。


「僕は貴方をマルコシアス・フルフトバール侯ではなく、おじい様と呼んでいますよ」


 僕は、王族の第一王子ではなく、リーゼロッテ・ユーリア・マルコシアスの息子でありたいのだと言外に含めると、おじい様は目を潤ませて僕を抱きしめた。

「アルベルト! 遅くなってすまなんだ!」

「いいえ、充分に、間に合いました」

 そう、まだ間に合う。

 王家は、国王陛下と愉快なお仲間たちは、僕を馬鹿に仕立て上げようとしている最中だ。

 思考と肉体が繋がっていなかった僕は、常にぼんやりとしていたけれど、奴らは将来僕が王族らしからぬ行いをしでかす愚か者になることを望んでいる。

 だからこそ叱らない虐待を施し、自尊心を持ち上げ、虚栄心の塊になるように誘導しているのだ。

 でもそれはまだ途中段階。

 僕の回線は繋がって前世を思い出した。

 この王族から一抜けするには、まだ充分に間に合うのだ。





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