第2話 母上を唆したら大ボスが登場した

 旦那からの愛を貰えないと嘆いている母上に、僕は悪魔のごとく、唆すことにした。

「母上、国王陛下のどこが好きなんですか?」

「え?」

 僕の質問に、目を冷やしていた母上は何を言われたのかわからないと言うかのように、ぱちくりと瞬きをして、僕の顔をまじまじと見つめる。

「顔ですか? まぁ、王家の人間ですからね。代々の婚姻も美醜込みでなされていたでしょうし、美形ではありますが……。でも、母上。世界には国王陛下よりも麗しいお顔の方、たくさんいらっしゃいますよ?」

「アルベルト?」

「いや、だって国王陛下って、顔以外の取柄、どこにあります?」

「どこって……」

「母上に対する誠意が全くないですよね。あ、優しいって言うのは、婚姻相手としては、当然あってしかるべき要素ですからね。僕は国王陛下に父親として何かをしてもらったこともないですし、式典に出てないから、あまり顔を合わせることもないですし、普段声をかけてもらったこともないので、正直、親としてはないと思ってます」

 王族が自ら子育てするわけじゃないからさ、育児にかかわってないのはともかくとして、じゃぁ親として何をしてくれたかっていう話だ。

 一応、髪の色と顔はコピーしたみたいに似てるから、遺伝子提供してくれたってことだけじゃないか?

「……そう、なの?」

「そうですよ。たとえ政略だとしても、お互い歩み寄りは必要ですよ。で、母上。国王陛下の良いところってどこですか? どこを好きになったんですか?」

 僕の問いかけに、母上は考えて、考えて、考え込んで、ようやくぽつりとこぼした。


「顔?」


 なんでそこで疑問形なんだよ。笑っちゃいけないんだけど笑っちゃうわ。

「やっぱり顔だけなんじゃないですか。もー、母上って面食いなんですから~。でも、母上、さっきも言いましたけど、国王陛下は確かにキラキラしい顔をして美形ですけど、それだけですよね。言うなれば、美術品と大して変わり映えしませんよ」

「美しいのはダメなの?」

「ダメじゃないですけど、足りないです。こんなこと言ったら、母上が傷ついちゃうかもしれないですけど、母上はちょっと男を見る目が……、残念だと思います」

「そ、う、かしら?」

「男の良さには、逞しさ、ワイルドさというのもあるんですよ。それから包容力」

「ほうようりょく」

「国王陛下にそれはないですよね。少なくとも、僕、あの人から父親として守られていないですし」

 この後宮にいる側妃は母上だけだし、後宮管理って普通王妃様がするもんだけど、そういうのもない。

 それにここ後宮っていうよりも、実質側妃宮なんだよな。

 母上と僕への支援も、国王陛下からじゃなくって、全部母上の実家の侯爵家からのみで、だから本当は後宮に入れる男は国王陛下と、お渡りの時にくっついてくる護衛騎士だけなのに、僕らの身辺警護をしてくれる護衛騎士(男)はいるし、身の回りの手配をしてくれる執事(年配だけど当然男)も滞在してるし、側妃である母上が住まう宮の庭を管理する庭師(男)もいるし、それは全部侯爵家が手配した人員だ。

「母上は、ここにいても、幸せになれないです」

「ど、どうして?!」

 途端に動揺する母上の緑眼をじっと見つめる。

「陛下がわたくしたちを愛してくださったらそんなこと……」

 目をそらさず、じっと見つめ続ける僕の視線に、母上の言葉は途切れ途切れになる。

「わ、わたくしは、ずっと陛下のことを愛して……」

 母上の瞳が揺れ、涙がぶわりと浮かぶ。

「ずっと、愛して……」

「国王陛下は母上の愛に、何を返してくださいましたか?」

「あ、貴方を」

「そうですね、そこだけは褒められるところです。母上に僕を授けてくださったことだけは、感謝できます」

「アルベルト……」

「でも母上に愛を与えてくれるのは、国王陛下ではないですよ。母上はちゃんと愛されてるじゃないですか」

「貴方に?」

「僕もですけど、もっと昔から」

「昔から?」

「母上が小さなころから、侯爵家のおじい様とおばあ様にです」

 僕の言葉に、母上はあっと小さく声を漏らす。

「お父様……お母様……」

 再びぽろぽろと涙をこぼす母上に、僕は優しく諭すように言葉を紡ぐ。

「ずっと、ずっと、愛してくださってるじゃないですか。側妃として後宮に置かれている母上に、たくさんの支援をしてくださっているのはおじい様ですよ」

「お父様……、わ、わたくし、そう、お父様とお母様に、大事に、愛されて……、陛下の側妃になるといった時も、お母様はわたくしを離したくないと、後宮に送りたくないと、そうおっしゃって……」

「そりゃぁ、掌中の珠である愛する一人娘を、こんな冷たい場所には置いておきたくはないですって」

「でも、わたくしが、陛下のお傍にいたいと我儘を」

「手放したくないですけど、母上が国王陛下のお傍にいたいという想いを汲まれて、ここに送り出してくれたのでしょうね」

「わたくし、お母様のことを悲しませてしまったのかしら?」

「いいえ、おばあ様だって、自慢の愛娘を国王陛下が愛してくださると信じていらっしゃったはずですよ」

 まぁ現実はこうだがな。

「フルフトバールに……、美しいフルフトバールの領地に、お父様とお母様がいるフルフトバールに、帰りたい」

 おっしゃー! 言質とったー!! この勢いで侯爵に連絡の指示を出そうとしたタイミングで、勢いよく扉が開いた。


「リーゼロッテ!! 迎えに来たぞ!! さぁ、フルフトバールに帰ろう!!」


 国王陛下以外の男性禁止区域に、堂々とやってきたのは、母上の父親、僕のおじい様である侯爵だった。

 扉近くにいる老齢の執事を見ると、こちらに向かって礼をとった姿で、深々と頭を下げている。

 お前かよ。いつ侯爵に連絡した。

「お父様……」

「おぉ、リーゼロッテ。なんてことだ、こんなにやつれてしまって。私の可愛い娘。フルフトバールに帰ろう。みんなお前の帰りを待っている。ヘンリエッタなど、すぐにでも連れ戻せと、毎日のようにせっついておるのだ」

「お母様が?」

「そうだ。毎日お前の心配ばかりしておる。あとのことは、この父にすべて任せておくれ。さぁ、ヘンリエッタが待つ我が家に帰ろう。ヤーナ! このままリーゼロッテをわが家へ送り届けよ!」


 おじいさまの一声で、僕の乳母というか、母上の侍女である年配のお婆さんが駆け付け、泣いている母上を促しさっさと連れ出していってしまう。

 側妃の里帰りって、本当はいろいろ手順を踏んで、準備してからじゃないといけないはず。

 でも母上と僕を放置してるのは、国王陛下だけではなく、その側近やら宰相やら上層部の面々もで、誰もなーんも言ってこないし、ご機嫌伺さえもしてこないんだから、側妃が無言で里帰りしたところで、文句はないでしょ。

 っていうかここまで、側妃をコケにするってことは、側妃の実家である侯爵家に喧嘩売ってるようなもんなんだよなぁ。


「ヘンゼル、うちで用意したものすべてを引き揚げよ」

「御意に」

 ヘンゼルと呼ばれた執事の爺さんに指示を出し、おじい様は僕と向き合った。


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