第四章 天孫降臨一揆当千
グランデルニア大国の首都を落としたレグネッセス連合軍は、マルグ教を信仰する神殿や教会を片っ端から焼き払い、僧侶、学僧、女、子供の首をことごとく刎ねた。
「閣下、遅くなりましたが、オスカー様から遺言を預かっていました」
諸々の処理に区切りを付け、アンネはアルフレッドの元に来ていた。
多くの罪なき者達を殺しアンネは、気が落ち込んでいた。
グランデルニアの民は、この仕打ちに反旗を翻す者達も多く、多くの将が鎮圧にくり出されている。
「どうでもいいな、奴の言葉など」
アルフレッドの言葉にアンネは、本当に彼等は友だったのかと疑いたくなる。
「彼は、謝っていました。自分を殺す命令を出させてしまった事に、優しい貴方を苦しめることになると」
「どうでもいいと、言わなかったか?」
周辺の地図を広げ、戦略を練っていたアルフレッドの手が止まる。
彼等がどう思っているかは分からない、でも死んでいった人の思いを無碍にすることは彼女には出来なかった。
「死人に口なしと言うが、奴は裏切り者の外道。そんな者の言葉に惑わされるな」
アルフレッドは、アンネに詰めて強く言う。
目の下の深いくまと血走らせた目が、アンネに狂気を思わせる。
「も、申し訳ありません……」
頭を下げ、その場を後にする。
この場にこれ以上いれば、どうなるか分からない。
アンネは、自身が指揮する隊が置かれた地区へと足を急がせた。
アルフレッドが行ったマルグ教信者大量虐殺、死を覚悟した信徒達は皆口々にこう言った。
『いつか、マルグ神の子地上に降りて悪を討ち滅ぼさん』と。
聖歴994年 初夏
二年もの間、世界では大きな戦争は起きず。静かな時が流れた。
しかし、それは嵐の前の静けさと言ったような不穏な気配を漂わせている。
グランデルニア大国の領地はレグネッセス超大国に吸収され、多くの民が職を失い、数々の領地を転々としていた。
中でも重い税に苦しめられている、農民達の堪忍袋は破裂寸前。
「お前は、神の子だ。我々を救う救世主」
「あの悪魔を討つ者」
農民の中である噂が流れ始める。
『神の子が降臨なされた』『予言の時来たれり』
二年前、彼らの多くが望んだ者。
それは、一人の少年に押し付ける願望。
友を、愛する者を、家族を、子を、主を、王を、国を、全てを奪われた。
合わさった憎しみ、合わさった悲しみ。
それは、皆の悲願。
それは、皆の救世主。
齢17にして、二年前のマルグ教信徒大量虐殺から逃れた者達の子。
それが、彼だった。
此処は、元グランデルニア大国で合った場所。現レグネッセス超大国領のとある農村だ。
田や畑を領主様から借り受け、日々働いている。
「ハイネ。今日、村長の家で会議が行われる。遅れるなよ」
ボロボロの服を泥で汚した爺さんが、田植えをする彼に言う。
彼は笑顔で答える。誰もが気分が良くなるような笑顔で。
「分かっていますよ、ゲン爺さん。また夜会で」
「ああ、それじゃあまたな。我等の希望」
隣に住むゲン爺さんは、そう言って去って行く。
田植えを再開させようとした時、遠くで此方に手を振る少女がいる事に気が付いた。
(もう、昼時か……)
ハイネは、彼女を見てそう考える。この光景は普段の事なのだ。
遠くで手を振る少女はサキ、ある事がきっかけでこうしてハイネに家族ぐるみでお節介を焼いているのだ。
「お疲れ様。はいこれ、お昼の御飯ね」
サキはお盆に乗せられた、おにぎりを差し出す。
「皆生活が苦しいだろう、俺だけこんな……」
「何度も言うけれど、私個人としてもハイネは特別なの。さっ、食べて食べて。今回は私が自ら作って上げたのよ、それでも食べないつもり?」
サキは少しむっとしながら、おにぎりを乗せた盆を付きつけて来る。
「分かったよ、手を洗ってくる。その代わり、サキも一緒に食べよう」
「いいの?」
ハイネの提案にサキは、目を輝かせて喜んだ。
(やっぱり、そうか……)
泥の汚れを洗い落した綺麗な手で、白く光るおにぎりを取る。
もぐもぐと、良く噛んで味わうハイネを横に見るサキ。
サキは何も口にせず、ただ美味しく食べるハイネの顔を眺めていた。
「一緒に食べようと言ったじゃないか」
口にした物を飲み込み、サキに言う。
「私はいいの、ハイネはいっぱい食べなくちゃ」
「俺は充分貰ってる。サキ、そんな痩せてちゃ身が持たないぞ」
サキは前から痩せていた方だけれど、それでも前は健康的な顔色で元気が良かった。
でも、ここ最近村の皆は重い税で苦しんで食べる物に困っている。そのせいか、サキも更に瘦せて今や頬骨も見える位になってしまった。
「最近太ってきちゃってて、減量しているの!言わせないでよー」
嘘だ。
見るからに分かる嘘を言う彼女は、とても悲しく見える。
「頼む、食べてくれ。でないと俺は……」
「わ、分かったよ……それじゃあ、少し」
必死さが伝わったのかサキは、小さなおにぎりを一つ取って口にした。
中の具は無いが、それでも何か口にするだけで今はとても救われる。
「今日、夜会が開かれるんでしょ」
サキは俯いて、先程ゲン爺さんが伝えてくれた事を言う。
「ああ……」
「そろそろ、近いって事?」
「ああ……」
「やっと救われる時が近いのね、ハイネ。私信じているから……」
「ああ……」
痩せこけた彼女の笑う顔は、とても不気味に見えた。
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レグネッセス大国物語 クマガラス @kumagarasu3150
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