第三章 十三節
戦いは、レグネッセス連合軍の進軍から始まった。
湿地帯に入った連合軍の足がとても遅かったのだ。抵抗する敵領土の民も原因の一つだが、大きかったのが川の氾濫である。
この土地の不利を警戒し、アルフレッドは進む土地を念入りに固めながら進んだ。
そしてもう一つ、アルフレッドが警戒する要因があった。情報だ。
送っていた諜報兵からの連絡が一向に帰ってこなかったからである。
「……」
進む先に何かがある。そう思わずにはいられなかった。
レグネッセス連合軍は、グランデルニア大国という見知らぬ地を手探りで進んでいたのだ。
こうして、一際大きな川を連合軍が渡った時だった。
何の情報も無い中、突如敵は現れた。
グランデルニア大国の国旗を多く掲げ、大地を揺らしながら前方の森から大群が押し寄せて来たのである。
「敵襲、敵襲!!」
「「「「「!!!」」」」」
これには、レグネッセス連合軍の全ての人間が驚いた。
アルフレッドも例外では無い。しかし、彼が他と違ったのは思考が止まらなかった事だ。
(背後の川を越えるか、いや氾濫によって大きく損害が出る。ならば、背水の陣、か)
「全軍、川を背に鶴翼の陣を展開!!」
連合軍は、グランデルニア軍を前に撤退せず。
軍を広げ向かい打った。
「ほう、臆さず迎え撃つか……面白い、トールを前に出せ!!」
グランデルニア王は、王都を守る軍をこの決戦に連れて来ていた。
その王都の盾と呼ばれる将軍がトールだ。
尋常ならざる鋼の巨躯に、それに負けず劣らずの巨大な大槌を持つ漢の中の漢。
「この状況で逃げなかった事は認めよう。だが、それは俺を見ても同じかなァ!!!」
(な、何だ、この巨人。ゴドフロウ将軍と同じくらいデカいぞ)
トールを前にして、早くも密集陣形を取っていた歩兵達が薙ぎ払われる。
トールの大槌は、鎧事骨を打ち砕き、一振りで重装歩兵五人が中を舞う。
その後ろからは、かつての白冥軍を襲ったヤギの怪物、それ似た者達が向かって来ていた。
「リディにキュネの弓隊を貸せ、それから他の将を騎馬隊で横撃させる!!
加えてあの巨人共を、なるべく近づけてから大砲で殺せ」
「ハ、ハハッ!!し、しかしあの大槌の男は?」
「安心しろ、もう行ってる」
その時既にトールの背後には、レグネッセス超大国で剣聖と謳われた男が迫っていた。
「ん!?」
「フハハッ!!」
トールはその巨躯では考えられない程、素早くその剣に反応した。
しかし、剣聖と謳われたフォーグの剣は、トールの背をしっかりと捕らえたのだった。
「ぬぐっ!!」
「ちっ……どんな身体してやがる」
フォーグの剣を受けても、膝を付く気配が全く無いトール。それどころか、やる気に満ちているように見える。
(手応えはあったが、骨は断てなかったな……)
「この俺を斬る男がいたとは、恐れ入ったぞ」
「俺もだ、出来ればさっきの一撃で終わって欲しかった」
前線では、トールとフォーグを囲う様に乱戦状態となった。
これは大きく連合軍に戦が傾い事になる。
初めのグランデルニア軍の奇襲、加えてトールの絶大な攻撃力、どちらも初めに勝負を決める決定打になる物だった。これを防げたのは大きい。
同時にそれは、どんな事にも動じず冷静な判断が出来るアルフレッドと圧倒的なまでの武を持つフォーグがいる事の証明だった。
グランデルニア王はその事実を実感し、一年前負った傷が疼いた。
「白竜軍の動きが鈍いな、円方の陣だ。白竜軍の将に伝令を送れ。
敵を囲いすぐさま勝負を決める」
方円の陣と真逆の陣
見方を囲む方円の陣と、違い敵を囲み攻撃を行う。
しかし、敵将トールの兵は皆個々が強く戦線は硬直状態となった。
時間は刻々と過ぎてゆき、その分不利になる者もいる。
(そろそろ俺も我慢の限界だぞ……師匠)
アルフレッドが、隣にいる部下に手を差し出す。
そこに預けていた剣が手渡された。
「長槍を持つ兵をかき集めろ、それと本陣から精鋭を三十程付いてこい」
「了解しました!」
アルフレッドは馬に跨り、前線のフォーグがいる場所に向う。
全盛期の彼だったのならば、その必要は無かっただろう。しかし、彼は年老いた。
まだ若いトールを相手に出来ても、その体は長く続かない。
「ぜぇ、ぜぇ」
「ハァ…ハァ……」
トールも呼吸は乱れているが、動きが鈍くなり攻撃を受け初めた、満身創痍のフォーグに比べるとまだ戦えそうだ。
「そろそろ幕と行こうか!!」
「ぜぇ……ぜぇ、若い奴はせっかちでいけねぇ」
トールが大槌を勢いよく振り上げた瞬間、周りにいたグランデルニア兵が蹴散らされる。
だがそれだけでは無く、トールを含め数名の兵はレグネッセス兵の長槍に包囲されたのだった。
「師匠、時間切れです。貴方の顔に泥を塗る事をお許し下さい」
包囲する兵の中で、一際守りに徹した所にアルフレッドがいた。
「くっ、すまぬな。グランデルニアの」
敵と言えど、多くの技を交合わせた者は好敵手と言う。
そんな相手を数で葬るには、少々思う所があるのだ。
フォーグは心から残念だと思いながら、トールへと視線を戻す。
「……よい、全てを出し切った。加えて戦場で死ねるとは、これ以上の無い誉よ」
しかし、トールの表情は穏やかなものだった。
「……ハハ、俺の負けだな。憎まれ口の一言でも聞いてやろうと思ったが」
「貴殿のおかげよ、実に満足ゆく時間だった。
それに、聞くにあれは貴殿の弟子だろう。師と比べても見劣りしない良い男よ」
「まいったな、敵からここまで称賛されるとは……師として一番の言葉を頂いたよ。
さらばだ、グランデルニアの。貴殿の事は、忘れないだろう」
フォーグがトールとの会話を終えて、自陣の安全地帯に入った事を確認すると、アルフレッドは長槍部隊に号令をかけた。
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本日は後三話一時間事に更新しますので、良かったらよろしくお願いします。
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