第三章 十二節

敵本陣で鮮血がほとばしる


亡国の旗を翻す少女の前に、裏切り者の青年が倒れた。




ドクドクと、血の波紋を広げる地面に伏した青年


そこに少女が、膝を付く。




「貴方の境遇は、聞いております」




少女は血に汚れる事を気にもせず、青年を優しく抱きかかえる。


その様は、聖典に描かれる聖母の様だ。




「き、君は?……」




「私は、アンネ。貴方と同じハドマス大国の者です」




「そうか……君は私を哀れんでくれるのだね」




「はい、ハドマスの民は貴方を誇りに思います」




ポタリポタリと抱きかかえられるオーウェンの顔に、アンネの涙が落ちて来る。


オーウェンは、涙するアンネの顔にそっと手を添えてそれを拭う。




「誤解されるぞ、私はきっと間違えを犯したのだ……。


 君は私の様になるな、アルフレッドに一つ伝言を頼む……」




「はい、必ず」




オーウェンの伝言を聞くと、エレック将軍が戻って来る。


彼を楽にするように、その後エレックの薙刀が振り下ろされた。








白冥軍本陣からでもエレック達が、敵将オーウェンを討った気配は感じられた。


指揮官を失い、動きが麻痺した軍ほど脆いモノは無い。




「弱った敵左翼に、キュネとルートを向かわせろ。此処と敵右翼は、俺とリディで充分だ。


それと、後ろにいるフォーグ将軍に連絡を城攻めに入ると」




「ハッ」




崩壊したオーウェンの軍を、察知したセロ将軍はすぐさま撤退を決意した。


これを追う様に、アルフレッド達は全軍前進し、残った敵を当然屠った。




大きく兵を減らしても、まだ此方と戦える戦力を残しているグランデルニア軍は、後ろにあった城へと入城し籠城戦の準備にかかった。




「やっと俺達の出番か」




フォーグは待っていましたと、勢い付いていたが、アルフレッドが残した置き土産によって簡単に城は落ちる事になる。


そのアルフレッド達はというと、フォーグ達より先北西にある小さな城を落としに向かっていた。




理由は簡単だ、これより先に進めば敵国の中心に近づく。


そうなれば当然敵が多くなっていく、進んでいく中真っ直ぐに城を落としていたら、いつか分断される恐れがある。その為、必然と多くの拠点が必要となるのだ。




「ここから先、自然が深くなりますね」




城に向かう際、目前に広がる森を見てフェリックスが呟いた。




「これから本格的に梅雨になる。長引くやもな……」




「た、確かにそうですね……」




それにアルフレッドが、自分の考えを加えて答える。


日が暮れる前に、狙う敵城に辿り着き攻城戦を始めた。それは、過去に行われたロレインの戦い同様酷いモノだった。




敵兵士の死体を使っての攻撃、以前と少し違うのは、その中に鉄で出来た爆弾が含まれる事だ。これもミケア州で開発された新兵器、大きな衝撃によって、中が発火し火薬に引火する事で爆発するといった物だ。


この二つをそれぞれ、投石機に乗せ放つ。いたずらに兵士を減らすより、これが効果的なのは実戦経験済みだ。




フォーグ率いる軍に送られた攻城戦の武器も、同じだった。




翌日の昼には、アルフレッド達の攻めた城は中から解放された。


しかし、フォーグの攻める城は一週間と長い時間を掛け、アルフレッド達が他に二つ城を落とす頃にやっと動きがあった。




それは、武力では無く病からだった。梅雨の時期、湿気、死体、怪我人などが相まってセロ将軍が籠城する城は伝染病が流行し、戦えるものが半減した。


攻める側からしても抵抗力が無くなった事が確認できた為、フォーグはこれを機に城壁に橋を架け一気に打って出た。




「くっ、辱めなど意味は無いぞ。早く殺せ!!」




その中で、フォーグは敵将セロを捕縛する事に成功した。




「殺さずに置け、拷問も許さん」




「了解しました」




「……」




この頃から次第に雨が多くなり、周りにある河川は氾濫し、レグネッセス連合軍の歩みは重くなり遅くなっていった。




「全ての城で拠点化が終了。レグネッセスからの援助も滞りなく」




「御苦労……」




落とした城内の部屋で、部下からの報告を聞きながらアルフレッドは、近隣の地図に目をやっていた。




(危ういが、次の一戦を越えたら我らの勝ちか……)




半月を要した後、軍の補充を終えた連合軍は再び進軍を開始した。


期間中、元ハドマスの騎士達であったエレックとガトーは、正式に白冥軍の将軍として任命された。加えてオーウェンを討ち取ったアンネは、特別部隊隊長に昇格千人の部隊を抱える事になった。




戦時中の事だった為、代理の者が任命を行った。


その為、オーウェンの遺言をアンネはアルフレッドに伝えられず仕舞いだった。




膨れ上がった連合軍が進む先には、いくつかの川が走る湿地帯が広がっていた。


川は最近まで降り注いでいた雨によって氾濫しており、攻めにくい状態にある。




「アルフレッド様、回り道になりますが此処は……」




「此処を進むぞ」




しかし、フェリックスの提案をアルフレッドは切り捨てる。




「なっ、何故ですか?」




「我々には時間が無い。それに此処は、それだけの価値がある」




アルフレッドには、一つだけ気懸りがあった。


それは元ハドマス領のルセル城だ。現在レグネッセスの要地の一つであるルセルは、まだ平定して間もない、もし住民の一揆やドアキア超大国に落とされようものなら、再度攻め落とすのは時間と労力がかかる。そればかりは避けたかった。




であるからして、急いでこの地を押さえたかったのだ。


アルフレッドは、以上の理由から連合軍総出でこの地を攻めた。しかし、これを無視するほどグランデルニアは甘くなかった。




一年前から生死が分からなかったグランデルニア王が、向かって来たのである。


グランデルニアからもこの湿地帯は要地。此処を落とされ様モノなら、レグネッセスの拠点は盤石なものとなり、その視野にグランデルニア大国首都が入る事になる。






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