第三章 四節
ハドマス大国に以前の面影は、微塵も残っていなかった。
大国と呼ばれた広大の領土も奪われ、経済も回らず虫の息。
威厳のあった騎士王の指導力も失墜した。
ハドマス大国の重要都市ルセル。
屈強な壁に守られたこの都市が落とされれば、ハドマスの騎士王に後は無い。
王の重臣達は既に壁の内側に入って防備を固めていた。
どうしてこうなった……
価値のある絵画が飾られた壁に王は背中を預けている。
部屋は荒れており、散らかされた物の数々は庶民では手に入らない物が多くある。が、その影は全く見えない。
ハドマス王は、自信の喪失から部屋に閉じこもり気味になっていた。
多くの配下は手の平を返し、疑心暗鬼にも陥っている。
「どうすればいい、答えてくれマリン……」
王の助言者マリンは、国土防衛に出てその命を落としていた。
長年付き従った家族同然の配下、それを失った悲しみを王は引きずったままだ。
アンネ達守護隊がルセルに到着した時には、既に都市内には重傷者で溢れていた。
体の所々を失った者達、それはもう戦える状態には見えない。
都市から伸びる石畳には、痛みに悶える患者が寝そべっていて治療を行う医者があちこちに行きかっていた。
「叔父さん、私達は何処に向かっているの?」
何も話していないとどうにかなってしまいそう。
そう思ったアンネは、隣で歩くデュラハンに声をかける。
「我々は、王を守る守護兵として城に入る。前線よりか少しばかり安全だ。アンネは俺から逸れるなよ」
アンネを元気づける為か、デュラハンは肘を曲げて力こぶを見せる。
どうだ?とばかりに左目を閉じるデュラハン。
「うん……」
それに造り笑みを返すアンネ。
家族を失って、歩き詰めの彼女にもう笑える元気は残って居ない。
荒れた都市を過ぎて、古い城へと入城した守備隊は少ない食料を振舞われた。
簡素な食事を取る際聞こえた話、既に此処ルセルにドアキア超大国の軍が迫っているという。
数は10万。率いるは、串刺し公と呼ばれる公爵アムドだ。
ドアキア超大国のドラクル騎士団の団長でもあるアムドは、かつてのレグネッセスの白い悪魔ロレインと並ぶ程の残虐非道で敵を串刺しにする。その数は数万人にものぼるらしい。そのことから串刺し公と呼ばれている。
全身の毛が総毛立った。
体が凍るような寒さを感じる。冷や汗が出てアンネは震えが止まらなかった。
父と兄が串刺しにされた光景が思い出される。
死にたくない、怖い、誰か助けて
刻一刻と迫るドアキア軍に何の策も弄せずに、ルセルの戦闘は開始された。
「取るに足らんな、シャンドラ大国の方がまだマシであった」
ただ戦う、戦術とは言えないハドマスの攻撃にアムドは肩を落とした。
敵に文字通り呆れたのだ。
壁に梯子がかけられ、多くのドアキア兵が昇って行く。
捕らえられたハドマスの兵士達は、容赦なく拷問され串刺しにされた。
陽が落ちて翌日に並べられた串刺し死体にハドマスの兵士は戦慄した。
指揮官達が続々と串刺しにされ、ルセルの壁が落ちるのも時間の問題だった。
包囲された壁は、王を逃がす事も出来ず、守備隊も結局は前線に追い出されていた。
「うおおお!!」
壁に上がってくる兵を、ただ槍で突く。
そんな単純な攻撃がいつまでも通用する訳も無く、壁には続々とドアキア兵が上がって来た。
「雑魚共が!!」
「アンネはさがってろ!!」
デュラハンの叔父さんの背後に隠れながらアンネは怯えていた。
手渡された剣は重く、とても振れた物じゃない。
デュラハンが敵と剣を交える。
しかし、敵は遊ぶようにデュラハンを痛めつけた。
鎧の隙間を縫うように切り刻んでいく、腕の関節、足のもも。
しだいに動き疲れデュラハンは膝を付いてしまった。
「ハハハハッ!!!」
「さっさと止めを刺しちまいな」
周囲は、いつの間にか敵兵で埋め尽くされていた。
デュラハンを嘲り笑う敵の声が木霊した。
嫌だ、一人にしないで
アンネは重たい剣を鞘から引き抜く
「おっ、ガキが参戦するってよ」
「アンネ、ダメだ逃げろ!!」
叫ぶデュラハンは、顔を蹴り上げられ倒れ伏した。
「嫌―!!!」
涙を流し、重い剣を引きずりながら振るう。
アンネの体は、逆に剣に振られるようだった。
「何だこのガキ?」
赤子の手をひねる様に、一度剣を弾かれたアンネはバランスを崩し転んでしまう。
敵の嘲笑が飛び交う。
それにめげずにアンネは何度も立ち上がった。
膝が擦りむけようと、腹を蹴られようと、何度も何度も。
闘志が湧き始める。それは、嘲笑に対しての怒りか、父と兄を殺した敵への憎しみか
どちらか分からないけれど、アンネはその力を糧に震える足を働かせる。
何度目の地面か、腫れあがった瞼と共に映るハドマスの旗が綺麗だと思った。
「そろそろ、殺すか」
兵士がそう言って、剣先をアンネに振り下ろした。
遠くではデュラハンが抑えられて、首を切られそうになっている。
しかし、兵士の剣先はアンネを貫く事は無かった。
剣先は硬い壁に突き立てられ、刃が零れる。
アンネは走り出していた。ハドマスの旗を目指して。
デュラハン叔父さんが危ない!!
引きずる剣をおおきく振りかぶって敵に投げつける。
「あのクソガキ!!」
「ぐあっ」「テメー」
デュラハンを押さえつけていた手が離れる。
その隙にデュラハンは、敵を切りつけた。
騎士の甲冑に銀の剣、黄金の獅子が描かれたハドマスの旗をアンネが手に取る。
剣と違ってこれなら振れそうだ。
「大丈夫!?叔父さん!!」
「ああ、なんとかな」
ボロボロになった二人は背中合わせになって包囲する敵兵を見る。
壁の階段はまだ占拠しきれていない様だ。
助かる道はそこしかない。
「叔父さん」
「ん?」
アンネがくいっ、と顎で階段を指す。
それに叔父さんは分かったと頷いた。
「じゃあ、行くよ!!」
力強く旗の棒を握って、アンネは駆けだした。
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