第二章 五節

無惨な死体があった。それは、優れた兵士だったモノだ。


そのモノ達は、明日の攻城戦に使われる投石機の横に積み上げられていた。




死体は両手と両足を強く結んで、玉のようにする。


損壊が酷いモノは適当に縛ればいい。




「全く、臭くてかなわん」




「……これは……?」




と、アルフレッドは死体の山を見て口を開いた。




「ああ、驚くよな。これは投石機の弾にすんだよ」




「何でこんな酷い事を…」




「酷いが、効率が良いんだとよ。こっちの方が敵の指揮も城も落ちるって」




ただの死体じゃあない。死体の胸部を見る。焼けた胸が剥がれている。そこから骨と臓器が見え隠れしていた。




「ウッ…」




気持ちが悪い、胃の中の物を吐き出しそうになる。




「ああ、慣れてないなら離れとけー此処はもういいから」




一番恐ろしいのは、このようなやり口にこの者が慣れているという事だった。








昔昔、世界は一つだった。


しかし、その国の偉い人達は悪い人だった。


国の皆は、おかげで苦しんでいた。


そこで一人の勇者が立ち上がって、悪い人達を倒したのだ。


国の皆は喜んだ。


けれど、倒しても、倒しても悪い人達は出て来る。


いつの間にか、勇者は皆から悪い人と呼ばれていた。




この世界の伝説。








エギナ城。その目と鼻の先には、ミケア大帝国の首都がある。


大帝の居城。王の間では、軍議が開かれていた。


それは、レグネッセス軍が喉元まで近づいてきているかだ。




「現在、デロス将軍が民衆を鼓舞しています。これで先の戦で失った兵は補強出来るかと」




「許せ…民よ」




現在ある七大国は、千年近くもの間変わらず続いて来た。


アヌス大帝は、その長い歴史に不名誉な名を残したくは無かった。




「若、凄い事です。この千年近く続いた均衡を破る偉業を成し遂げられますよ!!」




奪われたエギナ城の寝室では、ロレインの補佐達が集まっていた。




その部屋に、鎧姿のアルフレッドが近づいて来る。


補佐や側近達が怪訝な顔で此方を見た。




「おい、止まれ」




高身長の男が目の前に立つ。


男の名は、リディ。白虎騎士団若頭の補佐役三人の内の一人だ。


歳は、僕より少し上、長い髪を後ろで縛っていて無精髭を生やしている。屈強な男だ。




「どいてくれ、ロレインに用がある」




「いくら長い付き合いとは言え、そんな格好の奴を若には近づけられない」




アルフレッドの着る鎧は、血と泥にまみれていた。


ミケア軍が撤退する背を追いかけ出来る限り殺して周ったからだ。




「何の用だ。アルフレッド」




「若…」




ロレインが訊ねる。


それを聞いてリディは下がった。




「投石機のアレだ。あんな事、正気の沙汰じゃあない!!」




「ああ、アレね。だから良いんだよ」




「お前の作戦で、味方が大勢救われたのは分かっている。だけど、こんな事をしてサラを守るのは違う気がする」




恐怖と悔恨の念が身体に駆け巡った。




「何も違わねぇよ、そんな生半可な気持ちでやるから世界はずっと血を流し続けてんだろうが!!」




「は…?ロレインお前何言って…」




「勝つ為には、何でもするって言ってるんだ。何処のどいつかも知らねぇ奴に情なんて感じてんじゃねぇよ、失ってからじゃ遅いんだぞ。何かを得る為には何かを捨てなくちゃならない……お前はどっちを取るんだ?」




サラを守る為に、ロレインは敵を殺し続けると言っている。


どちらか、しか選べない。




「……僕は、正しい事をするよ」




「……」




ロレインは口をつぐんだ。




アルフレッドは、振り返り部屋を出て階段を下りる。


階段の下には、白髪の老人が誰かを待っているように立っていた。




「先程のお話、聞かせて頂きました」




「えっ…」




白髪の老人は、ニコッと口角を上げて笑った。




「私は、エンツオと申します。エン爺とでも呼んでください」




「これは、申し遅れました」




続いて名乗りを上げようとした時、エンツオは手を上げて止めた。




「知っております。ロレインのお友達でしょう?あの子は不器用ですから大変でしょう」




「あの子…?」




ふっふっふと笑いエンツオは続ける。




「ロレインは、この世に間違った事は無いと不思議な考えを持っています」




「間違った事が無い?」




「ええ、良い事も悪い事どちらも」




「そんなの…おかしい」




「どんな事でもその人なりの答えがあるのです」




「だからと言って、あんな酷い事許せない!!」




「ええ、酷いですね」




「なら!!」




エンツオは首を振る。




「それは、私達の答え。その答えが通じない人もいるのです。ロレインの答えがどんなものなのか私にも分かりません。でも貴方が最後に言った答え、私はとても良いと思います」




「ああ言ったものの僕は、どうすればいいか分からなくなっている」




死体の山を積み上げたロレインは酷い奴だと思っても、サラを守る為には必要な犠牲だと考えてしまう冷酷な思慮とが激しくぶつかって頭を周る。




「貴方の眼は綺麗だ…」




エンツオは嬉しそうに顔をほころばせる。




「それって、ロレインがサラに言っていた…どういう意味なんですか」




「サラさんも貴方に似た眼を持っていらした。貴方はいつも葛藤している。正しい道を行こうとしている。手を汚しても、それを皆が忘れようと、ずっと苦しんでいる。そんな心の綺麗な人の眼をしている」




押し寄せる感情が、溢れた。


辛い、悲しい、痛い、怖い、恐ろしい、でも彼女を何よりも守りたい。


ポロポロと涙が零れた。




「僕は…そんな良い人じゃありません…でもどうすれば良いですか?」




「そのままで良いと思いますよ。葛藤して、正しい道と信じて選んで、間違えても、そうやって生きていくのが人生なんですから」





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本日の投稿はここまでです。有難う御座いました。


おやすみなさい。

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