第二章 四節

昨夜、これ以上は無いと思うほど賑わっていた見放しの良い場所は、シンと静まり返っていた。




「まだ、こんな所に居たんですか?もう…風邪ひきますよ」




キュネは、地べたで寝る男達を無視して踏みつけながらロレインに毛布をかけた。




「お前は、優しいなキュネ」




「お、起きてたんですか!?」




「今起きた。気にするな、優しいお前が見れて寝起きは良い」




キュネは、嬉しさのあまり固まってしまった。


気が付いた時にはロレインの姿は無く、いびきを掻く男達だけが地べたに在った。




「フフフ、若」




「ぐがっ」




「うるせー!!!」




無防備な寝姿の男の頭は、キュネにボール蹴りされた。








悲鳴に似た声が聞こえて目が覚めた。四角い窓から朝日が差している。


ぼんやりとした視界に、綺麗な金髪が見える。




ああ、サラと再会したんだった。昨日は遅くまで昔話をしていたら他の騎士達も入って来て、それから記憶が途切れている。




「て、サラ!?」




アルフレッドは綺麗に二度見した。酔っていたからと言ってレディと一緒に寝てしまうなんて、反省しなくては。




どうやら、ここは昨日語らった食堂だ。オーウェンもいる事だし安心して一息吐く。




身体が痛い、特にサラに腕枕した左腕は感覚が無い。




他の男達は知らないが、サラは女の子だ。こうして早く起きたのも何かの知らせ。




サラを起こさない様に抱きかかえ食堂を出る。


サラを抱えての事だったので何人か踏んでしまったが仕方が無いだろう。許してくれ。




部屋が分からなかったので自身の為に用意されたベッドに寝かした。




「よし」




これで、少しは身体の痛みが軽減するだろう。




顔を洗おうと、階段を下りていると井戸には先客が見えた。


朝日を浴びて地面に浸った水がキラキラ輝いている。




「よ、朝早いんだな」




「今日はたまたまだ。お前こそ弱かったんじゃなかったか?」




水浴びをしていたのか全裸のロレインから桶を借りる。


井戸から水を汲み取り、それを両手ですくって顔を洗う。




「僕も同じだ」




「寝ぐせ、付いてるぞ」




「ん?何処だ?」




「分からないか?」




濡らした手で髪をとかすが、寝ぐせは取れない様だ。


困ったアルフレッドを見て、ロレインはニタっと笑った。




バシャりと頭から水を被せられる。




「ハハハッ、ブッ!!!」




へへ、お返しに一発は一発だ。


勢い良くロレインの顔に水をかける。




「「プッ、ハハハハ」」




僕達二人は子供の頃に戻ったかのように水をかけ合った。




「こう言う所は変わらないんだな」




「……俺は変わらねーよ。これまでもこれからも」




ロレインは何処か遠くを見てポツリと呟く。








「嘘……」




朝、覚えの無いベッドで起きたサラは耳が赤くなる程赤面した。


自分が何故アルフレッドのベッドで寝ていたのか知るまで、まともに彼の顔を見る事が出来なかったのを知る者はいない。








ロレインが入城してから期日の一週間が経過した。


ミケア大帝国へ向かう為の中継地点とした城は、兵士が城壁から溢れる程になっていた。




数は、五万人を超える。


中には徴兵された民兵、金銭目的の傭兵、常備軍人など様々だ。




「それじゃあ、サラ行ってくるよ。君達留守の警護任せたぞ」




「うん、気を付けてね」




「了解しました隊長、御武運を」




サラは重要人物であり女の子だ。


危険な戦場に連れて行くわけには行かない。


信用の置ける部下を数人警護に当たらせ、しばしの別れを告げて出発する。




「最高指揮官殿、編成完了しました」




「御苦労、んじゃ出陣」




レグネッセス大国とミケア大帝国との国境付近にて。


見張の兵士が警鐘を鳴らす。地平線を埋め尽くす大群がミケア大帝国首都を目指し行進していた。




世界を支配する七大国は、陸続きになっている。


ミケア大帝国は、その東部を始めとする広大な地域を中心に大規模な領土をアヌス大帝が支配していた。支配の歴史の中で多くの民族侵略から防いだ軍隊は市民兵を基本とした重装歩兵である。




それを指揮するのが、ミケア大帝国が誇るレオ大元帥だ。率いる軍は三万。


ミケア首都までに介する城は三つ、此処にミケア大帝国侵略戦が始まった。




「密集陣形を展開しろ!!」




レオ大元帥が命令を下す。引き締まった顔周り、鍛え抜かれた体は、もはや七十を超える老将には見えない。




長槍を持った重装歩兵が集団となって陣形を組む。


盾を左に保持し、右半身は隣にいる歩兵がまた盾で保護する。この陣形の強みは正面に対しての防御力だ。しかし、側面からの攻撃に弱い事も知られている。




「どこでもいい、騎馬隊に側面を攻撃させろ」




ロレインがそこを突く




騎馬隊三十騎が、横撃に出る。


しかし、そこには散兵が敷かれていた。




「歩兵がいる!?ぐあっ」




「コイツ等、動きが早いぞ!!」




散兵として、置かれていた歩兵の弓矢や投石器によって騎馬隊三十騎は壊滅した。


加えてこの歩兵達は密集部隊がレグネッセス軍とぶつかる前に遠距離から攻撃し隊形を崩しにかかった。




「横撃が失敗した模様!!そして前線では遠距離からの矢によって隊列が崩れている様です!!」




伝令兵がロレインに状況を伝える。




「……早くも、出番か……」




不敵な笑みを浮かべて伝令兵に新たな命令を伝える。その命令が伝令兵に冷たいものを走らせた。




「ほら、逃げていいぞ」




「ほ、本当か。逃げた途端に殺すとか?」




「しない、しない。ほら手には何もない。ただ此処に印として火を付けるだけだ。消すなよ。これが消えるまでにミケアの所まで帰れ、その火が付いている奴には攻撃しない事になってる」




パレディア城での戦争で捕虜となった兵が、この時解放され始めた。


目印として胸や腹に筒を巻いている。




これに違和感を抱くミケアの将は少なくなかったが、何が目的か分からなかった為それを受け入れてしまった。


それもその筈、この兵器はまだ生まれて間もなかったからだ。




「そろそろだろ、全軍突撃」




ロレインが指令を出す。




捕虜が味方の軍まで辿り着いて安堵する。


胸に巻いた筒の火が消えそうだったからだ。筒から伸びる線がもう焼き切れる。




「助かった。これで家族に」




その威力は、手の平に収まる小さでありながら強力だった。


各地で閃光が光り、パァンという破裂音が鳴り響く。


それは、ミケア兵の防具に用いられた厚い牛の皮を破り肉をも貫いた。


解放された捕虜が爆発したのだ。正確には、捕虜が巻いている筒状の爆弾が、だ。




鉄壁の密集陣形を取っていたミケア軍は、これに混乱した。


その隙を狙ってレグネッセス全軍が突撃を開始する。




「各地で、勝報が挙げられています!!」




「何だ、まだまだあるんだぜ。粘れよ、ミケア」




ミケア大帝国の中で、随一の知将と謳われるレオ大元帥でもその光景は初めて見る景色だった。いや、誰も見たことが無かっただろう。




「何だこれは…!?」




戦場の各地で光が、それにこの破裂音……火薬か!!


ホルコーンが持ち出した新兵器が敵の手に渡っていたか…




「大元帥!!各地で捕虜が解放されています!!その捕虜が爆発したと報告が」




続いて血だらけの兵士が飛び込んで来る。




「大元帥!!密集陣形が維持できません!!敵の全軍が押し寄せています!!」




「何ぃ!!?」




レオの配下達が何やら進言しているがレオの耳には入ってこなかった。




此処で、万の軍勢と手練れ達を失うのは痛い。


レグネッセス軍の若き天才、確か名はロレイン……これ程とは




「全軍撤退だ!!一つ後ろのロドス城まで下がるぞ!!」




「エギナ城を明け渡すのですか!?」




「そうだ、此処で我々が大敗したとしたら確実にこの大国は滅ぶ。であるから、まだ立て直せる内に退くのだ!!」




「ハハッ!!」




ミケア軍は、一つ城を身代わりにする形で退却した。


これを見逃さずレグネッセス軍は、入城すると同時に二手に別れ敵の背中を出来るだけ突ついた。




ミケア大帝国首都まで残り二城。



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