第15話 ニアの治療
「あの……馬鹿が!」
俺は毒を吐くと先程の光景を思い出していた。
クリストファーとコトネアの婚約は双方の合意の元おこなわれた。
書類を交わし契約内容が正式であるということも確認してある。
国の承認印まで押してあるので、公式な文章と認められている。
「あんなやつの下に行くなんてどんな酷い目に合わされるかわかってるのか?」
交渉の間、クリストファーは終始コトネアの身体を舐め回すように見ていた。どう考えても邪な感情を持っており、彼女の安全が気がかりだ。
「流石に、婚約段階で手を出すとは思えませんが、それも状況次第で変わる可能性があります」
ことは国同士のやり取りなので、政治や外交問題でいかようにも変化する。
「ひとまず、俺はこの霊薬を持ってセサミ王国に飛びます」
せめて、コトネアの願いである姉の治療を終わらせなければならない。
「私どもは霊薬を売ってくれる相手がいないか探してみることにしましょう」
「お願いします」
団長を含むこの場のメンバーは全員コトネアのことを大切に思っている。
彼らは彼らで霊薬の伝手を探ってくれるらしい。
コトネアのことを彼らに任せた俺は、ひとまずセサミへと転移するのだった。
「ゆっくり、飲んでください」
俺はニアの身体を起こすと霊薬が入った瓶を口元に運ぶ。
「ん……く……」
彼女の病はここ数日で進行しており、既に起き上がることもできず意識も朦朧としていた。
どうにかこちらの言葉に反応をしてくれているが、動きは緩慢で弱々しかった。
もし後数日、霊薬の入手が遅れていた場合、彼女の命はなかった可能性が高い。
慎重に瓶を傾け、どうにか薬を飲ませると……。
「はぁはぁはぁ……すぅ」
ニアは完全に脱力し眠りに落ちた。
「ど、どうなのだ?」
ゼロス国王が容体について確認する。
俺が一歩下がると、主治医が彼女の診察をおこなった。
手を取り脈を確認し、熱を測り健康状態を確認していく。寝室に緊張が伝わるのだが、少しして主治医がニアから離れると……。
「お眠りになっているだけです。先程までよりも肌色が良くなっております。霊薬が効き始めたのかと」
医者の言葉にホッとする。これでニアが死ぬという最悪の事態は回避できたからだ。
「おおっ! 良かった!」
絨毯に膝を突くゼロス国王。
絨毯に落ちるモノを見て、その場にいる全員が顔を逸らした。
寝室が喜びで溢れる光景を見ていた俺は、
(本来ならこの光景をもっとも見たかったはずの彼女がいない)
これで終わりではないと、意識を引き締めるのだった。
あれから、場所をゼロス国王の私室に移し、俺と彼は二人だけで話す場を設けた。
「この度は霊薬を入手してきていただきありがとうございます」
ゼロス国王は、コトネアを救った時とおなじように俺に頭をさげてきた。
「霊薬が手に入ったのはコトネアが自分の身を差し出したからです」
拳を握り、悔しさを滲ませる。
あの時、俺がもっと強く止めていたらという考えとニアの治療が間に合ったという考えが同時に浮かんだ。
「それでも、ヨウスケ殿の転移がなければ間に合わなかったことでしょう」
つまり今回の交渉は俺の転移ありきでなければ成立していなかった。
普通に帰路についていた場合、ニアは死んでいた。
それがわかるからこそ、俺はクリストファーに怒りを覚える。
「ひとまず、ニアの病が治ったことについてはまだ伏せておいてもらえませんか?」
「それは、どうしてかね?」
ゼロス国王は質問をする。
「おそらくですが、この国には他国のスパイが入り込んでいると思います」
情報が筒抜けとなっているからこそ、各国はセサミに対して謀略を仕掛けられれるのだろう。
ここでニアの快復を知らせたらどうなるかわからない。
「わかった。あの部屋にいた者たちには箝口令を出しておくとしよう」
その言葉に俺は満足するとゼロス国王を見る。
「次にコトネアについてなのですが……」
彼女の名を出すと、ゼロス国王の表情が曇った。
「よもやパドキアがそのようなことを言ってくるとは……」
「人の命を盾にとったやり方を批難して取り消させることはできないのですか?」
俺の問い掛けにゼロス国王は……。
「難しいだろうな、あくまで婚約は本人たちの意志によるもの。書面にもそう書かれている」
コトネアから受け取った契約書を見るゼロス国王。
「逆に言えば、霊薬を返却すれば婚約を破棄できるってことですよね」
そう言って俺は席を立つ。
「どうするつもりかね?」
「パドキアに戻ります。一刻も早く彼女を取り戻すために」
いくつか、交渉材料に使えそうな物品を預かると、パドキアへと戻るのだった。
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