第14話 霊薬を譲り受ける条件

「その霊薬、いくらでしたらお譲りいただけるのでしょうか?」


 緊張した様子で、コトネアはクリストファーに質問をした。

 目の前にはあれだけ願った霊薬が存在している。ニアの命を握られているのにも等しいので流石に冷静ではいられないようだ。


「それなんですがね、こちらは虎の子の霊薬でして、王位継承者である私に万が一があってはならないと国王から支給されているものなんですよ。つまり、霊薬が国内にほぼない現時点で価値は私の命と等価になりますね」


 言っていることの意味はわからなくもない。この世界において王族とは転生者の血を引く者で、一般人では得難い能力を持っているので重宝されている。


「で、でしたら……何を差し出せば良いと?」


 命と等価と言われてしまうとこちらとしては交渉が手詰まりになる。

 用意してある対価は通常相場の倍に相当する魔石だ。


 パドキア魔導国は魔法文明の最先端で、常に大量の魔力を必要としている。魔石は生活魔導具の作成にも使えるし、魔法を使用する際の魔力の肩代わりにもなる。

 俺はコトネアからその話を聞いていた。


 本来なら十分な対価を持ってきているので交渉はすんなりいくかと考えていただけに、クリストファーの狙いがよめない。


 俺たちは彼に視線を向け、真意を測ろうとするのだが、クリストファーは降参とばかりに両手を広げてみせた。


「そうですなー、いやーまいったまいった。王族の私の命と吊り合うものなど存在しておりません。これは無理難題を失礼しました」


 条件を引き下げてくれるのかと考えたのも束の間、クリスファーは何かを思いついたかのように手をポンと叩いた。


「おおそうです、コトネア様が私の婚約者になるというのはどうでしょうか?」


「えっ?」


 何を言っているのかわからず固まるコトネア。


「コトネア様は小国とはいえ王族。ギリギリ私と釣りあいが取れなくはない。婚約はあくまで霊薬を譲渡する担保ということにして、返却いただいたら破棄するというのはいかがでしょう?」


 予想外の展開にコトネアは呆気にとらわれる。そして、場に流されるままに質問をした。


「私が婚約すると答えれば霊薬を貸していただけるのですか?」


「ええ、勿論です。国最大秘薬である霊薬を勝手に売ったとなると国王である父に怒られてしまいますが、婚約者に預けたということならば納得していただけるかと。これは私の立場を守りながら霊薬をお貸しする妥協案なのですよ。デュフフフフフフ」


 クリストファーの提案にコトネアは黙り込んでしまった。

 姉の病はどんどん進行しており、このまま放っておけば確実に死ぬ。ここで婚約すると答えれば霊薬が手に入るし、後から返却すれば婚約を破棄してくれるという、一見すると破格の条件を突きつけられている。


「勿論婚約したからには私の屋敷で生活してもらうことになりますがね」


 そのいやらしい笑みを見るととてもただで済むとは思えない。


「わ、わたくしは…………」


 コトネアの身体が震えている。たとえ霊薬を手に入れたとしても自身はクリストファーの下に置かれることになってしまう。

 婚約とは言っているが、言葉の意味は人質。


「コトネア!」


 俺は声を荒げると彼女に話し掛けた。

 振り向いたコトネアは目に涙を溜めている。泣き出さないのは矜持が優っているからだろう。


 俺は首を横に振る。


「霊薬を返せば婚約破棄できる。逆にいうと霊薬の都合が付かなければ婚約したままってことだろ?」


 霊薬の製造はパドキアが独占しているのだ。時間を稼ぐこともできるし、融通することを遅らせている間に強引い婚姻を結ぶことだってできてしまう。

 そのことに気付いたのか、コトネアは顔を青くし、クリストファーはちっと舌打ちをすると俺を睨みつけてきた。


「この提案は受けない方がいい」


 何より彼女の身を案じた俺はそう提案をするのだが……。


「お姉様は今も病に苦しんでいるのです。わたくしはお姉様のために何でもするつもりでここにきました。わたくしの身ひとつで済むのならそれが一番良いのです」


「馬鹿なことをーー」


 俺はコトネアを止めようとするのだが、


「クリストファー殿下、その提案受けさせていただきます」


 その前にコトネアは返事をしてしまうのだった。


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