第13話 霊薬を入手するための交渉
「一体、いつになったら交渉できるようになるのですかっ!」
コトネアは苛立ちの声を上げた。
無理もない、手続きを終えパドキアに入国を果たした俺たちだったが、滞在して一週間が経ってもパドキアとの交渉に取りかかれずにいたからだ。
入国の際身分を明かし、霊薬を購入するために訪れたと伝言を頼んである。
本来ならばパドキア側の交渉人が現れなければおかしい。
「こうしている間にもお姉様の容体が……」
コトネアは焦りを浮かべると室内をうろうろする。姉の容体が悪化していくことを思えば気が気ではないのだろう……。
「落ち着け、コトネア」
そんな彼女に俺は声を掛ける。
「ですが、ヨウスケ様」
「ニアの命は絶対に救ってみせると約束しただろ? 俺は言葉にした約束は絶対に守るから」
じっと彼女の目を見る。コトネアの碧の瞳は不安定に揺れていた。
次第に落ち着きを取り戻し、彼女は深く深呼吸をする。
「ありがとうございます」
席に着くと侍女がお茶を淹れてくれた。
部屋中に紅茶の良い香りが漂い気持ちが落ち着いていく。
「それはそうと、霊薬はいくらくらいするんだ?」
向こうの交渉担当の人間が来る前に確認しておくことにした。
俺の質問に、コトネアは口元に手を当て少し考える。
「一応、これまでの取引実績の倍まで魔石は用意しました。足りるとは思いますが、需要に対して供給が圧倒的に追いついてませんので……」
ようは時価ということで、その時にならないとわからないらしい。
つまり、緊急の度合いによってはボッタくることが可能ということになる。
国第一王女が床から出られない程の病となればどれ程なのだろうか?
俺は単独で何度かセサミとパドキアを転移で行き来しているのだが、ニアの容体は日に日に悪化している。
交渉を先延ばししているのも価格の吊り上げを狙っているのではないかと勘繰ってしまいそうだ。
「交渉は絶対に成功させなければなりません。そのためには私は何でもする覚悟です」
姉の命を救うため、少数の護衛で外国を訪問したコトネア。彼女の覚悟は俺にも伝わった。
そんな彼女の頭を俺は撫でる。
「あの……ヨウスケ様?」
「コトネアは偉いな」
元の世界での俺はその歳のころは親に甘えて学校に通っていた。それに比べて国を背負うプレッシャーを抱えて健気に頑張るコトネアは立派だ。
健気な様子に思わず労いたくなった。
顔を赤くしてこちらをチラチラと見るコトネアに、
「ごめん、嫌だったか?」
確認すると……。
「ヨウスケ様に頭を撫でてもらえるのは嫌ではありません。お父様にもお母様にもあまり撫でてもらえなかったので……」
王族ということもあり、公共の場で甘えることが許されなかったのだろう。
「俺でよければいくらでも撫でるからな」
幾重もの重責を背負った彼女に必要なのは支える人間だ。俺はこの優しい少女が責任に押し潰されないように見守ろうと考えるのだった。
「いやー、申し訳ない。こちらの手違いで訪問日程を勘違いしておりましてね」
パドキアに到着してから十日が経ち、ようやく王城から連絡がきた。
コトネアと団長と俺は三人で登城すると、とある人物との面会を行った。
「……いえ」
コトネアは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
通されたのは広く豪華な部屋だった。
壁という壁には紋様が刻まれており、絵画や剣に壺などの丁度品が置かれている。
いずれも高そうな代物で、このような部屋に通すからにはこちらを丁重な客として扱っているのか……あるいは……。
「クリストファー殿下は多忙とお聞きしておりましたので、こうしてお会いしていただき嬉しく思いますわ」
目の前にいるのは、小太りの青年だった。
歳は二十代半ばころだろうだ? 分厚い眼鏡を掛けており、笑うと「デュフフフ」と声が漏れており、コトネアが引いてしまっている。
「それで、お手紙をいただいた際『霊薬を売るにあたって相談がある。直接でなければ話すことはできない』とのことでしたが、こちらについてお聞かせ願えますか?」
それでも交渉しなければならないからか、コトネアは本題をきりだした。
「それなんですが、実は最近ちょっとした事故がありましてね。うちの王族・貴族が何人か負傷してしまったのですよ」
クリスファーは眼鏡をクイっと上げるとそう告げた。
「それは……大変な時に訪問してしまい、申し訳ありません」
「そのせいで、霊薬が足りなくなっておりましてね。いやー実に困ったものですよ」
神妙な顔をするコトネアに対し、さほど困っていなさそうな白々しい声を出すクリスファー。
「……差し支えがなければ教えていただきたいのですが、その事故でお亡くなりになった方はいらっしゃるのでしょうか?」
「いえいえ、王族と貴族の死者はおりませんよ。その場で霊薬を使って治癒しましたので」
逆に言えばそれ以外に死者は出たということになる。クリストファーの言葉の意味を正しく理解したのか、コトネアは眉根を寄せる。
「重体の王族と貴族は癒したのですが、まだ霊薬を待っている者が多数おりましてね。国内に霊薬がほとんどないのですよ」
クリストファーは眼鏡を輝かせるといやらしく口元を緩めて言った。
「それは……ですが、命に関わるような重傷の方はいらっしゃらないのですよね?」
ニアは放っておけば確実に命を落とす状態なのだ。コトネアの目に非難の色が浮かんだ。
「そうですが、怪我で苦しんでいることには違いないでしょう? それとも、コトネア様は苦しむ貴族に対し『その程度の怪我くらい黙って我慢しろ』と言えとおっしゃりますか?」
「いえ……そのようなことは……」
セサミ王国の王女が他国の貴族を非難したと喧伝されるのは非常にまずい。霊薬を売ってもらう交渉に来ているのだ、こちらが圧倒的に不利なのは向こうもわかっているのだろう。
コトネアは苦い表情を浮かべるとどうして良いかわからなくなる。
すると、クリストファーは懐から小瓶を取り出すとテーブルへと乗せる。
「しかし、こちらの都合でお呼びしておいてそのままお帰りいただくというのも申し訳ありません。なので、私が個人的に保有している霊薬でよければお譲りしたいと考えているのですよ。デュフフフフフフ」
ブターークリストファーはそう言うと厭らしい視線をコトネアに向けるのだった。
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