第10話 セサミ王国が狙われる理由

 何事もなく街道を進んでいく。


 現在の移動手段は馬車で、団長が御者台に座り、俺とコトネアは後ろに乗っている。

 馬車はいかにも王族が乗っているとは思われないように、街で購入した行商人が商売につかうようなものを使っている。


 俺たちの馬車の前後には他の護衛が商人や冒険者に扮してついており、街中でもさりげなく近くにいてコトネアを護衛している。


 最初は警戒していた追っ手の気配も驚く程なく、セサミ城を出発してから三日が経過したことを考えると振り切ったのではないかと思う。


 流石に向こうも転移があるとは考えていないだろうから順当な結果なのかもしれない。


 目の前を見るとコトネアが座っている。

 出会った当初のドレス姿ではなく、街商人の娘が着るようなそれなりに上品な格好だ。


 彼女は膝に手を置くと物思いに耽っている。余程姉の容体が心配なのだろう。


「コトネア、ちょっといいか?」


「はい?」


 俺が話し掛けるとコトネアが顔を上げ返事をした。


「セサミ王国と周辺の国の問題について教えてもらいたいんだけど」


 ここ数日行動をともにしたから互いに打ち解けてきている。今ならもう少し突っ込んだ話をしてもよいかもしれない。


 ところが、コトネアは押し黙ると口元に手を当て、困惑した様子を見せた。


「……良いのですか?」


「ん、何がだ?」


 念押しされ首を傾げる。


「ヨウスケ様の態度から、どの権力にも与するつもりはないのだと思っていたのです。なのでわたくしも自国の事情に踏み込まない方が良いかと考えていたのですが……」


 事情を話すことで味方に引き込む意図があると思われたくなかったのだと彼女は言った。


「コトネアの言葉を完全に鵜呑みにするつもりはないよ。ただ、どうして各国がセサミ王国を狙う必要があるのかを知りたいんだよ」


 道中、地図で確認してみたが、セサミ王国の現在の領土はとても小さく、大陸中央にあるとはいえ、他の四国の十分の一以下。


 なぜいまだに他国に吸収されていないのか不思議なくらいだ。

 だというのに、いまだに国としての体を保っているのには理由があるはず。


「そのことについてなのですが、実は我が国には許可した者しか入ることができないダンジョンがありまして、そこから得られる資源を四国は喉から手が出るほど欲っしているのです」


「そんなダンジョンがあるのか……」


 この世界にダンジョンがあるというのは初耳だが、ダンジョンにはモンスターが湧き倒すと貴重な資源をドロップするのだという。


「低層では一般的な鉱石や宝石類などをドロップするのですが、深層ではミスリルやオリハルコン・精霊石・魔石などが極稀にドロップされます」


 コトネアは俺の質問に当然とばかりに答えるのだが、聞いておいてなんだがそれって話して大丈夫なのだろうか?


「他にも、トレジャーボックスなどがありまして、世間に出回っている魔導具のほとんどがここからの産出品となります」


 いよいよ誇らしげに語り始めるコトネア。


「セタットが欲しているのはオリハルコンやミスリルの鉱石。ポセドニアが欲しているのは魔導具。パドギアが欲しているのは魔石。アニマ大森林が欲しているのは精霊石です。いずれかの国が我が国を支配すればダンジョンに人を送り込み資源を独占することができるので……」


 奇妙な四すくみが発生した結果、どの国もセサミに手を出せなくなったのだという。


「その四国のどこかが我が国を手に入れた時、バランスが崩れて全面戦争がおこると言われているのです」


「なるほど……」


 これこそが、女神カルミア様が懸念していた世界崩壊のトリガーなのではないだろうか?

 四方向からセサミ王国を狙う転移者・転生者が興した国々、中央にある資源豊富なセサミ。

 まるで何者かがデザインしたようなバランスの元に配置されている。


(つまり、俺がこの世界でなすべきことは……)


 そこまで話を聞いたところで気になったので追加質問をする。


「ところで、そんな貴重な話しを俺にしても良かったのか?」


 ここまで踏み込んだ話をしたからには彼女の意図を聞いておきたい。


「ええ、お父様からヨウスケ様には可能な限り便宜を図るように言われておりますし、現状を知ってもらうことで我が国にも見所があると思ってもらいたかったので」


 確かに、話を聞くまで俺はセサミに対して興味を持っていなかった。

 成り行きで行動をともにしているが、問題が解決したら他所にいくつもりだったのだ。


 ふと、コトネアの話を聞いて思いついたことがある。


「それならダンジョンに潜りまくって鉱石や魔石や精霊石や魔導具をドロップして売りまくればいいんじゃないか?」


 魔導具を国内で使用して生活の質を向上させ、鉱石や魔石や精霊石を売り払うことで資金を得て人を雇う。雇った人間をダンジョンに投入すればより稼げる良い流れを作れるのではないだろうか?


 ところが、コトネアは目を閉じると首を横に振った。


「そのように簡単にはいきません」


「どうして?」


「ダンジョンに沸くモンスターは同じ種族でも外のモンスターよりも強くなりますし、中層以降ではスキルまで使ってくるので、生半可な実力の持ち主では狩にもならないのですよ」


 どのくらいの強さなのかはわからないが、俺が提案するようなことはセサミ王国もすでに試しているらしい。


 しかし、話に聞くだけでは難易度もわからないし、周辺国が狙っているというのもコトネアの証言しかないので、確実なのか把握できない。


「ちなみに、もし俺がそのダンジョンに潜りたいと言ったらどうなるんだ?」


 俺の言葉に彼女は目を大きく見開くとまじまじと見つめてきた。


「ヨウスケ様が? ダンジョンに? ですか?」


 コトネアは一言づず区切ると聞き間違いではないかと確認してきた。


 彼女はしばし思案すると、ゆっくりと口を開く。


「我が国の規則では、ダンジョンに潜るには一定の功績と王侯貴族の推薦が必要になります。その上で国家と契約していただき、ドロップした資源を国が買い上げ売り上げの三割をいただくことになっております」


「……三割か」


 専属契約を結び、国が資源を預かり流通をコントロールする。

 売り先は先程名前を挙げた四国となるはずなので、面倒な手間を省いていると考えれば妥当なところか……?


 俺がそんなことを考えていると……。


「あ、あのっ!」


「ん、どうした?」


 コトネアが焦りを浮かべ話し掛けてきた。


「もしかして、ダンジョンに潜られるつもりですか?」


 彼女は心配そうな目で俺を見てくる。


「まずいか?」


「まずいというより、心配なのです! これまで歴戦の猛者が挑み、そして戻ってきませんでした。ダンジョンはそれ程危険な場所なのです。もしヨウスケ様まで戻って来られなかったら……わたくしは……」


 目に涙を浮かべるコトネア。俺は彼女の頭に手を置き撫でる。

 びっくりしたのか顔を上げるコトネアに、俺は言葉を掛ける。


「大丈夫、そんな無理をするつもりはない。転移もあるからな」


 ダンジョンがどのような場所かまではわからないが、いざとなれば転移で逃げることもできるはず。

 探りながら進めば問題はないはずだ。


「でも……でも……」


 それでも安心しないコトネアをどう宥めようかと悩んでいると、馬車が止まった。


「どうしたんですか?」


 御者台の団長に向かって確認をする。


「先の方にモンスターの影が見えたので、このまま進めば接触します。少し片付けてきますのでお待ちください」


 それを聞いた俺は、コトネアの頭から手を退ける。


「ヨウスケ様?」


 彼女は上目遣いに俺を見上げてきた。ここで俺が戦えると証明をすればコトネアも安心するだろう。


「すみません、そのモンスター、俺に倒させてください」


 俺は団長にそう告げると馬車から出た。

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