第9話 城から脱出

「……いらっしゃいますか?」


 団長の声が聞こえ、俺とコトネアは岩の陰から姿を見せた。


「追っ手は問題ありませんでしたか?」


 俺は周囲を見回すと団長に確認する。


「はっ! 数人に別れて出てきましたので」


 その言葉を聞いて安心する。

 ここは荒野なので、他に誰かが近付けばわかる。今の時点で人影が見えないので、付けられていないという団長の言葉が本当なら問題ないだろう。


「それにしても、まさかヨウスケ様の能力が転移だったなんて思いませんでした」


 そんなことを考えていると、コトネアが話し掛けてきた。

 目を輝かせ、尊敬しているかのような眼差しを俺に向けてくる。


「今回は作戦に組み込めて良かったよ」


 セタットが何かを仕掛けてくるのは明白で、このまま出発すれば高確率で巻き込まれてしまう。

 それならばいっそ、転移で荒野まで移動してしまえば良いと考えたのだ。


「これも女神様の思し召しかな?」


 俺は笑顔で手を振るカルミア様の姿を思い浮かべた。


 何せ、この能力は一度行った場所にしか転移できない。最初に出現した場所が東側だったので確率でいうなら四分の一を引き当てただけだ。


「それにしても、ヨウスケ殿の力があれば大軍を一度に敵国内部に移動させることもできるのでは?」


 団長が探るような視線を送ってくる。無理もない、転移で次々に兵士を送り込まれたらどれだけ強固な要塞でも落とすのに労力がいらないからだ。


 ところが、それがそう簡単な話ではないことを俺は理解している。


「それが、転移はどうやら人が増えると疲労が増すみたいなんですよ」


 いざという時に頼られても困るので、この場ではっきりと言っておくことにする。


「一人の時は簡単に転移できたんですけど、二人となると中々大変みたいで……気合いでなんとかしましたね」


 コトネアを運んでみて分かったのだが、これまで連発していた時と違い少し疲労が残り息が切れた。

 おそらくだが距離もしくは重量もしくはその両方が関係しているのかもしれない。


 いずれにせよ、一人で転移するよりは制限がつくのは間違いないだろう。

 団長にそれを伝え、悪用できない旨を伝えていると……。


「ん? どうしたコトネア?」


 彼女は頬を膨らませ、なぜか俺を睨みつけてきた。


「ヨウスケ様。レディーに対してそのような物言いは失礼じゃありませんか?」


「……ああ」


 言い方が悪かったらしく、コトネアは自分の体重が重いから転移が大変だったと誤解しているようだ。


 能力の制限の問題について話をしたのだが、誤解を招く表現をしてしまった。団長になんとかとりなしてほしく、視線で合図を送ると……。


「一説によると、各国に現れた転移者も最初は大した能力を行使することはできなかったらしいです。ヨウスケ殿の能力も今後強力になっていくのではないでしょうか?」


 ところが、団長は視線の意味を別で受け止め、俺の能力に対するフォローをした。


「まあ……それは」


 確かにありえるだろうと思っている。

 色々とあったせいで能力を伸ばせていないが、女神カルミア様からはモンスターを倒すことで経験値を得られると聞いている。


 今の俺の状態はおそらくレベル1。転生してすぐのひよっこなので、最弱とも言える。

 今後、モンスターを倒して経験値を積めば、転移で大勢を一気に運ぶことができるようになるかもしれなかった。


 もしそうなった際、どのような運用の仕方があるのか考えていると……。


「ヨウスケ様、よろしいでしょうか?」


「ああ、何だっけ?」


 コトネアが話し掛けてきていた。どうやら会話が進んでいたらしい。


「今のうちに先の街まで移動したいと考えているのです」


 せっかく追っ手を撒いてきたのだ。ここでじっとしていては発見される可能性もある。


 この場にいるのは団長と俺とコトネアだが、他の護衛はすでにパドキア街道沿いの街に向けて進んでおり、そこで合流する手筈となっている。


 それぞれ冒険者や商人などに化けているので、コトネアさえ見られなければ、セタットの連中に俺たちが城から脱出していることを悟られずに済むだろう。


「わかった、それじゃあ移動するとするか」


 俺はそういうと、移動を開始した。


          ★


 セサミ城を見張っていた男は奇妙な違和感を覚えていた。


 自身が掴んでいる情報によると、第一王女であるニアの病の進行は早く、このまま手を打たなければ一ヶ月以内に死んでしまうはずだった。


 そんなことは当人たちが一番よくわかっており、それゆえ第二王女がパドキア王国に向かわなければならないはず。

 だと言うのに、一向にその気配がなく城内は鎮まりかえったままだったのだ。


(もしや第一王女のことを諦めたのか?)


 男はアゴに手を当てると推測を重ねる。


 ふたたび出発して第二王女を攫われ、第一王女も死んでしまっては最悪の事態になる。

 第一王女が死亡するのは厳しいが、第二王女さえ無事なら国が大きく崩れることはない。


 極寒の地で育っただけあってか、セタットの兵士は強い。

 もし襲撃に遭えば第二王女を攫われ、それを盾に国を強請られる未来が考えられる。


 そうならないために第二王女を城から出さない決断をしたのではないかと男は考えた。


(いや、セサミ王国は甘っちょろい人間が集まっている。治す手段があるにもかかわらずそれを放棄するような真似はすまい)


 そのせいで他国につけ込まれこうして弱体化しているのだ、いまさら方針を変えられるとは思わない。


(とにかく集中するんだ。王女が出てくるまで怪しい者は一切見逃さない……)


 見張の男は、この後三日三晩眠らず城の入り口を監視し続けるのだった。


         ★

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