第8話 第一王女ニア

「こちらがお姉様の寝室になります」


 あれから話がつくと俺はコトネアに連れられて病気だという第一王女の寝室を訪ねた。


「俺が入っても大丈夫なのか?」


 女性の――それも王女の寝室に大人の男が立ち入ってよいものかと考え口にする。


「姉の希望なのです。自分を救ってくださる方に御礼を言いたいと」


 ドアが開き、中に入るとキングサイズのベッドに一人の女性が横たわっていた。

 純白の寝間着を着た金髪の女性。コトネアを数年成長させたような容姿をしているのだが、病のせいか顔色が悪い。


「そちらが……転移者の方ですか?」


「お初お目にかかります。倉田陽介と申します」


 絨毯に膝を突きお辞儀をする。


「どうか立ち上がり顔を上げてくださいませんか、ヨウスケ様」


 鈴のような綺麗な声で話し掛けられ立ち上がると彼女と目が合った。


「このような姿で申し訳ありません。セサミ王国第一王女ニアでございます」


 体調が悪いにも関わらず笑顔で接する姿に尊敬の念を覚えた。


「うっ! ゴホッ!」


「お姉様っ!」


 だが、その状態は長く続けられず彼女は苦しそうに咳をした。


 侍女が背中を支え水を飲ませる。


「大丈夫ですよ」


 駆け寄ったコトネアの頭を撫でると、ニアは微笑んだ。


「この度は、妹の命を救っていただきありがとうございました」


 彼女は真剣な表情を浮かべると俺に頭を下げる。


「その件については国王より既に感謝の言葉をいただいておりますから」


 体調が悪いというのに無理をしないで欲しい。礼の言葉を聞くために寝室まで来たわけではないのだから……。


「いえ、妹が私のためにパドキアに霊薬を買いに向かうと聞いた時から不安だったのですが、それが的中してしまいました。ヨウスケ様がいなければ今頃コトネアはセタットに連れ去られてしまっていましたわ」


 身震いをするニア。最悪の想像をしてしまったらしい。


 道中コトネアからも聞いていたが、この国は東西南北の四国との間に何やら問題を抱えているようだ。


「霊薬の買い付けにヨウスケ様が協力してくださると聞きました」


 ニアは話題を変えると、俺が手助けする点について触れてきた。


「俺の目的はこの世界の様々な場所を見て回ることなので、たまたま予定が合致したから同行することになっただけです。気にしないでください」


 ひとまず各国の状況を探ってから今後の方針を決める。

 この国の人々は悪い人物には見えないので、一緒に他国を訪ねることで色々なことがわかるかもしれない。


「護衛の人数は増やしますが、セタットが動いたとなると他の三国も傍観しているとは思えません。ヨウスケ様の身にも危険が及ぶかもしれませんよ?」


 ニアは探るような目で俺を見てきた。妹を託すのにふさわしいか見極めようとしている様子。


 自身が病んでいるにもかかわらず、妹を心配している。姉妹の仲が良いようで羨ましい。


「霊薬の買い付けということであれば、使者を出すというのは駄目なんでしょうか?」


 ふと俺は、なぜコトネアが買い付けに行かなければならないのか疑問が浮かんだ。


 彼女はこの国の第二王女。もっと言えば、第一王女のニアがこのような状況ともなれば、外に出すわけにはいかない人物だろう。


 他に王位継承者がいるのであれば話は別だが、先程の国王からはそのような人物がいるようには見えなかった。


「それが、最初は使者を送り買い付けを行おうとしたのですが、霊薬の数が足りないと断られてしまったのです」


 俺の疑問にコトネアが答える。


「手紙には『融通して差し上げたいのはやまやまだが、血筋がはっきりする者と直接取引でなければ渡すことはできません』と書かれておりました」


 それでコトネアが行くことになったのだと告げる。


「確かに、霊薬は死んでいなければどのような病をも治療する薬です。作るには魔導師が数十人単位で年に一つ作れるかどうか……。使者が持ち逃げすることがまったくないとは言い切れないのですが……」


 それゆえ、王家の血を引く身内が引き取りに来るようにと先方は言っているらしい。

 俺が転移で移動して買い付けてくれば早いかと思ったのだが、コトネアを連れて行かない限り駄目らしい。


「パドキアまでの移動日数は?」


「馬車でなら何事もなければ二週間で到着します」


『何事もなければ』


 話しぶりからして何事か起きるに決まっている。

 俺はニアの様子を見てみる。


 彼女は体調が悪く、今も起き上がることができずに床に伏している。

 往復で一ヶ月の猶予、身体がもつのだろうか?


「……俺に考えがあるんだが」


 俺はコトネアに今後の予定について告げるのだった。



          ★


「この愚か者どもがっ!」


 室内に罵声が飛ぶ。

 漆黒の鎧と大剣を身に着けた男は周囲を睨みつけた。


「貴様らはたかが小娘一人すら攫ってこられないのかっ!」


「し、しかし……デルムッド王子。陽動で引きつけてコトネア王女を攫う予定でしたが、予想外の妨害があったのです。計画が漏れていたとしか……」


「うるさいっ! 言い訳など聞かぬっ!」


 セタット王国第七王子のデルムッドに睨まれ男は口を噤む。これ以上言えば刑に処される可能性があったからだ。


「あの娘さえ娶ればこの国の王になることも、セサミ王国を牛耳ることもできる。それがわからんのかっ!」


 古代竜を討伐して土地を広げたという国柄から、この国では強い者が上に立つことが望まれている。


 剣の腕では他のどの王子にも負けておらず、デルムッドは自分が王位を継ぐのがふさわしいと考えている。


「だというのに、この俺が王位継承権三位だと?」


 順調に名声を高めてはいったが、目の上のたんこぶとして第一王子と第一王女が立ち塞がっている。


 この二人を超えて王位を得るにはセサミ王国を獲るしかない。


「襲撃が失敗に終わった結果、第二王女コトネアは城に引き返しました。おそらく警備を増強して再出発するでしょう」


「黙れっ!」


「きゃあっ!」


 この先の展開を告げたところデルムッドに殴り飛ばされた少女は床に両手をついた。


「そもそも、お前が立てた作戦が失敗したせいだろうがっ! 血のつながっている妹といえど次はないと思え! サルビア」


「……はい、お兄様。次は決してミスはいたしません」


 よろよろと起き上がるサルビア。彼女はデルムッドと母親が同じではあるが、武器も魔法も扱えないせいで不遇の扱いを受けていた。


「今回の件で他の三国も動くに違いない……」


 デルムッドは舌打ちをすると、


「もう俺たちのことはばれているんだ。コトネアが城壁からでたら護衛を皆殺ししてでも攫ってこい!」


 部下たちに指示を出すのだった。


          ★

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