第5話 路地裏の騒動

 露店から少し離れたところで裏路地に入り真ん中まで進む。


 先程のやり取りを見ていた人間が後をつけてきていないか確認するためだ。


 女性の忠告が早かったからか、オリハルコン王貨は誰にも見られていなかったようで、特に俺に近付く者はいなかった。


「さて、食べるとするか」


 安心したら腹が減った、俺は壁に背を預けると袋から串焼きを取り出した。


 まだ焼いたばかりということもあってか肉汁が滴り落ちとても美味そうに見える。


「ゴクリ」


 空腹にあらがえずかぶりつくと、これまで食べたことのない味わいが口の中いっぱいにひろがった。


「美味い!」


 肉は噛むごとに口の中でほぐれていく程やわらかく、その身には大量の肉汁を内包していた。表面を焦がしていたタレと肉汁が混ざり合い、何ともいえぬ美味さだ。


 さらに、こちらの世界特有の味付けなのか、舌を刺激する香辛料が全体的な味わいを強調しており、いくら食べても飽きることがない。


 夢中でかぶりついて食べていると喉が渇いてくる。


 俺はふと思い出すと、先程サービスでもらった果物を取り出した。


 かじりつくと「シャリ」と音がして口の中に爽やかな甘さが広がる。


 肉汁で支配されていた口の中を洗い流し、スッキリとした果汁が胃の中へと落ちていく。


 この味わいはリンゴ……いや、どちらかと言えば梨に似ているのだが、蜜でも混ざっているのではないかという程に濃厚な甘さもあり上品な菓子を食べているようでもあった。


 夢中になって食べ続けていると、数分後には手元にあった串焼きも果物もなくなっていた。


「ふぅ、美味しかった」


 満足して腹をさする。あれだけのボリュームの肉串(しかも脂身たっぷり)を四本も食ったのに胃がもたれていない。


「肉体が若返ったから胃も丈夫になったのか?」


 考えてみれば肉串を美味しく思えたのは途中で胃もたれしなかったからだ。


 元の年齢のころは脂身たっぷりの肉など食おうものなら、最初の一本目の途中で気持ち悪くなり、食べ終えた後はしばらくは調子を崩していた。若い肉体になったことで昔ながらの食欲を取り戻せたことに地味に感動してしまう。


「それにしても、この国には妙に優しい人が多いよな」


 意識を切り替え物思いにふける。考えているのはこの世界に来てからであった人たちのことだ。


 カルミア様から世界を征服して欲しいと頼まれるくらいだから、余程酷い場所だと思っていたが、今のところ出会う人たちが親切なのだ。


 これでは話が随分と変わってくる。


「神と人の価値観の違いか?」


 寿命などない女神や主神と言われる存在とでは判断基準が違うのが当然だ。現に、カルミア様は人間基準で価値のあるオリハルコン王貨を小銭のように扱っていた。


「それともこの国だけまともなのか……?」


 世界中すべての国がおかしいなどということもないだろう。


 俺が活動しやすいように、比較的安全な国に移動させてくれたのかもしれない。


「まあ、そっちの方がいいか」


 何も好き好んで世界と敵対したいわけではないので、救いがあった方が良いに決まっている。


 それなりに満腹になり、余韻を楽しんでいると……。


 ――……………………ァ!――


「ん?」


 何やら路地の奥から声が聞こえた気がした。


 俺は転移をつかって曲がり角手前ギリギリまで移動し、角から路地の先を見る。


「やっ! 放してくださいっ!」


「うるせぇ! 静かにしろっ!」


「いいかお前ら! 計画通りにやるんだっ!」


 そこには少女に襲い掛かり猿轡を加えさせる三人の男の姿があった。





「何をしている!」


 慌てて声を掛けると男たちが一斉に振り向いた。


「おいっ! 見張りは何をしていたっ!」


「おかしいぜ、実行の直前まで路地を見ていたが人は確かにいなかった……」


「むーむー」


 すがるように手を伸ばす少女。目に涙を浮かべており俺に助けてと訴えかけていた。


 身なりが良いので裕福な家庭の息女というところか?

 営利目的の誘拐と見当をつける。


「ここで言い争っても仕方ない! こいつは俺がやる! お前らは先に行け!」

 その言葉と同時に男が剣を抜き、残り二人は少女を連れて奥へと走った。


「むーむーむー」


 泣きながら必死に助けを求める少女を見ていると男が斬り掛かってきた。


「隙だらけだ! 死ね!」


 目の前に剣が迫り、男は自分の勝利を確信したのか笑みを浮かべる。


「なっ!?」


 だがその攻撃は当たることなく空振りをする。俺は転移を使い逃げた男たちの前に立ちはだかった。


「野郎いつの間に!?」


「なんだ今の動きは!?」


 突然進行先を塞がれ動揺して立ち止まる男たち。今ならこちらの要望を通せるだろうか?


「その娘を置いて立ち去れ」


 わかっているのは嫌がっている少女を攫おうとしているという点のみ、素直に応じるのならこちらから何かするつもりはない。


 あくまで平和的に解決したいのがこちらの希望だったのだが……。


「目にも止まらない速度で前に回り込んだってことは……こいつ、スキル持ちかもな?」


「へへへ、いい経験値になりそうだぜ」


「お前らっ! そいつは俺の獲物だ」


 三人はまるで獲物を狙うかのような目をすると武器を構えた。どうやら俺のことを殺す気らしい。


「はぁ、いい人ばかりだと思った矢先にこのざまか。……まあ、こっちの方がわかりやすくていいか」


「何をぶつぶつ言ってやがる! ちょっと素早い動きができる程度で武器を持っている俺たちに勝てるつもりかっ!」


 俺は転移で、彼らの言う「目にも止まらぬ動き」をすると二人の死角へと移動する。


「なっ!?」



 ――パンッ! パンッ!――



 両手には作り出した拳銃を持っており、ためらうことなく撃った。


「あぐっ!」


「痛えっ!」


 この距離なら外すことはない。太ももを撃ち抜かれた二人は立っていられずバランスを崩した。


「おっと!」


 俺は放り出された少女をキャッチする。


「大丈夫?」


 俺が声を掛けると、少女はコクコクと頷いて見せる。


「せっかく攫った人質を! このっ!」


 激高して斬りかかってくるのだが、武器の差でまったく脅威に感じない。


 ――パンッ!――


「ふぅ」


 同じように足を撃ち抜き無力化すると、安心して溜息を吐くのだった。

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