22 不徹底な決行

 翌日、ほぼ約束通りの時刻に、七人が指定のパークに現れた。レオシュ、二コーラ、ジェトゥリオ、カルラ、エイナル、アンジェリカ、ブシュラの七人だ。全員が、初めて訪れる場所だった。

 バルブの近くだからだろう、ほかに人影はない。

「レオシュが首謀者だって、最初から知っていたら、もう少し躊躇したかも知れないわ」

 カルラは、現れたレオシュの顔を見るなり、挨拶もせずにそう言った。

「そんなあ」

 あのクラブルームでの話し合いで、二コーラがそのことをあえて言わなかった理由がその辺にある。しかし、もちろんその後にはレオシュから始まった話であることは、全員に告げてある。


 約束の時間から十五分が過ぎた。

「アンジェリカ、大丈夫?」

 先ほどから組み合わせた手に自分の唇を押しつけて小さく震えている彼女に、エイナルが優しい声をかけた。

「来なければよかったかも」

「今さらそんなこと言うなよ」

 ジェトゥリオが少々乱暴に突き放す。恐らく彼も不安には違いないのだ。

「だって、ヘルタさんは来ないじゃないですか」

「それとこれとは別だろ」

 ジェトゥリオはそう言ったが、スムーズに計画が運ばないと、考えなくてもよいことを考えてしまうのも確かだ。

 八人目、ヘルタは、まだ姿を見せていなかった。そうしてそこにじっとしているのは、ヘルタを待っているからだ。

「いつまで待つつもり?」

「いつまでって、ヘルタが来るまででしょ」

 カルラの質問に答えたのは二コーラだった。

「いつまでも、ってわけにはいかないわよ」

 そう言いながら、カルラはレオシュを見た。

「タイミングは任せる、とは言われているけど、もちろん限度ってものがあるよ」

「そうでしょ。もう十五分過ぎよ」

「そうだな。そろそろ決断すべきだな」

「ジェトゥリオ、もうちょっと待ってよ」

「そうはいかないよ、二コーラ……」

「ジェトゥリオが言いにくそうだから、わたしが言うけど、これだけの一大事よ。いくらヘルタがちょっと間の抜けたところがあると言っても、こんなに遅れるってことは考えられない。さらに連絡もつかない。これは来る気がない、と判断していいんじゃない、二コーラ」

「……」

「よし、七人で決行しよう。いいよな、レオシュ」

 本当はレオシュが言わなくてはいけないことを、ジェトゥリオが言った。

「うん。これ以上は遅れるわけにもいかないし」

「決まりだな」

「バルブを出る順番だけ、もう一度確認しておきましょう」

 カルラは、いつも冷静だ。


 七人は態勢を低くしたまま、バルブ手前の部屋、前室と呼ばれる部屋に取りついた。

 推測通りではあったが、これほどまでに警備が甘いとは拍子抜けだった。そこに近づくことはVGに近づくこと、という恐怖感が人々をバルブから遠ざけ、警戒感を希薄にしていた。

 バルブの前後には、前室と後室があり、回転式のハッチで密閉されている。もちろん、前室と後室にはそれぞれピュアリティが設置されていて、ドームの出入りの際にVGが内部に流入することを防いでいる。

 すべてが大昔に製作されたこと、また誰かが強硬に突破することなど考えられなかったことから、鍵の類は一切ない。度々その無防備さが議論の対象となったのだが、バルブ付近に手を加えることの恐怖が優って、手つかずのままだ。

 七人はハッチを開けて前室に入った。

「これがバルブか」

 レオシュが、そう思わず口にしたのは、バルブのあまりの小ささだ。理解していたつもりではあったが、何となく偉容を想像してしまっていたのだ。

「意外と小さいわね」

 カルラも同様の感想を持ったようだ。

「ぐずぐずするな」

 すでに一人でハンドルを回し始めているジェトゥリオが、ほかのみんなを促した。

 バルブには、六十四個のラッチと呼ばれる留め具がついていて、それぞれがハンドルによって締めつけられているのだ。

 ハンドルを回しても警報は鳴らなかった。ルジェーナからの情報通り電気的な装置のようで、ラッチをバルブから外さなければ、作動しないのだろう。

 すべてのラッチを緩めてから、一斉に外すと、サイレンのような音が鳴り響いた。

 誰かが何かを怒鳴っているが、まったく聞こえない。しかし、それが誰だとしても、何を言っているかははっきりしている。耳を塞ぎたくなる気持ちを抑えて、協力してバルブ自体を手前に引く。

 ジェトゥリオは前室のハッチのところに戻って、その場所を確保する。エイナルオはバルブにしばらく留まる。

 残る五人で後室へ入りハッチを開ける。シューっという空気が抜ける音が一瞬したかと思うと、急激に起こった風に外へ押されそうになる。外圧よりも内圧の方が僅かに高いのだ。

 レオシュが真っ暗な通路を駆け抜けた。出口付近にも大した明かりはないので、どこがゴールなのか見当がつかなかったが、走り始めると、通路の出口辺りが昼間のような明るさになった。

「ルジェーナだ」

 レオシュは口に出して、自分を励まし懸命に走った。

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