16 不透明な原因

【ちょっと待って】

【どうしたの?】

【このまま決行当日、っていうのもお互いに不安じゃない?前日、最終確認しましょうよ】

【確かに。もう一度、行動を確認しておいた方が、ぼくも安心だ】

【大丈夫だとは思っているけど、もしかすると二週間で準備が整わないかも知れないし、別のアクシデントがあるかも知れないしね】

【それもそうだね】

【お友だちも、もしかすると、それまでに疑問とか出てくるかも知れない】

【そうだね。そうしよう】

【じゃあ、この時間に、この場所で】

【了解。じゃあ、またね】

【またね】

 ルジェーナの去っていく背中を境界越しに見ながら、レオシュは、呆然としていた。

 一体、どうしたら十人もの人間に、自分の言葉を伝え、理解してもらえるのだろうか。そう思うと、思考が停止してしまう。

「二週間か」と口に出してみた。

 もっと時間をもらったからといって、どうにかなるとも思えなかったが、それでも時間が少しでも長い方が可能性を感じることができる。

 MRのサドルに腰かけても、レオシュは、しばらく動き出す気になれなかった。

 ルジェーナの笑顔を曇らせたくない。誰かにこの関係を奪われたくない。それらの気持ちだけで、彼女の望む答えを口にしてしまった。そこには見込みや勝算など何もなかったことは、最初から分かっていたのだが、彼女を前にして、それを冷静に判断することは彼にはできなかった。

 最終的に要望に応えられないのなら、最初から断っておく方が、何倍も誠実であることは、レオシュも理解していたのだが。


 MRをいつもよりもゆっくりと走らせて、間もなく家に到着するというところで、彼の方に向かってMRを並べて走行して来る二コーラとジェトゥリオが見えた。

 チャンスだとは思ったが、どうしても彼らと友だちであった自分自身を信じることができなかった。ほかの誰かに話すことなど、もっと考えられないことなのに、それでも、いま、二人と話をする億劫さを乗り越えることができない。

 二人が、こちらを見ていることを感じたが、それでも彼は無視して通り過ぎようした。

「ちょっと、レオシュ」

 二コーラがMRを降りて、行く手を阻みながら、彼に声をかけてきた。その顔を見ると、ちょっと怒っているようだ。

「やあ、二コーラ」

「やあ、二コーラ、じゃないわよ」

「何を怒ってるの?」

「別に怒ってるわけじゃないけど、一度ちゃんと話さなきゃと思ってたの」

 やめておけ、という意味なのか、こちらもMRを降りたジェトゥリオが、二コーラの横へ来て、その腕を突いた。

「話って?」

「どうしてわたしたちのことを避けるの?」

「別に避けてるわけじゃないよ」

「避けてるじゃない。話しかけても、適当に相槌を打つだけで、すぐに逃げるようにいなくなっちゃうでしょ?」

「そんなつもりはないけど」

「ほんと?」

「うん」

「じゃあ、三人で少し話しましょう、昔みたいに」

「別にいいけど……」

「どうして、最近はわたしたちとあまり話をしないの?」

「さあ、特に理由はないよ」

「あまり話をしていないことは認めるのね」

 ニコーラに引っかけられたと思ったが、もう仕方がない。

「まあ、それはね」

「そして、自分の方に原因があるのも自覚しているってわけね?」

「原因て言われても……」

「原因、という言葉に問題があるのなら、責任でも要因でも、何でもいいけど、レオシュの方が話さないようにしているのは間違いないのよ」

「そうかも知れないけど、本当に、理由があるわけじゃなくて、ただ、何となくなんだ」

「そう。それじゃあ、わたしやジェトゥリオのことを嫌いになったとか、誰かにわたしたちの悪口を吹き込まれたとかじゃないのね?」

「何だよ、悪口って?」

「例えばよ」

「そんなことないよ」

「わたし、レオシュを傷つけるようなことをしたんじゃないかって気にしていたのよ」

「そんなことないよ」

「安心したわ。ねえ、ジェトゥリオ」

「ああ」

「でも、だったらどうしてなの?」

「分かんないよ」

 レオシュはイライラした。

 そんなことを聞かれても、本当に分からない。口にはできないが、急に友だちだと思えなくなった、としか表現のしようがない。それで徐々に話しづらくなったのだ。

それまでは何の疑いもなく、同じように感じ、同じように考えていると思っていた二人が、急に遠くに見えたような気がした。二人が笑っていても、ちっともおかしくなかった。二人が怒っていても、それほど腹が立たなかった。

 自分が無感動な人間になってしまったのか、と思った。しかしそうではない。何か得体の知れない漠然としたものに憤ったり、悲しくなったりはしていたのだ。

 それが大人になった、ということであるなら問題ないのかも知れないが、どうも自分が大人っぽくなったという気もしない。かえって子供に退化しているような自覚があった。

 だから、二人と一緒にいると苦しさしか感じられなくなったのだ。かといってクラスのほかの人たちと仲よくできるようになったわけでない。

「それにレオシュ、最近は特に変よ」

「えっ」

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