穏やかな日常
慣れ親しんだ毎日、人はそれを無意識に謳歌して呼吸している。しかし、忘れてはならない。そんな暖かな日常などというものは幻想にすぎずふとしたことで壊れてゆくものなのである。私はそれを九つのころに初めて経験した。
燃えている……。辺りは炎に包まれ熱と死に包まれていた。見たこともないような色の炎だった。色だけならばよく遊んでいる裏山に咲いているキチジョウソウの蕾のような色だけど、そんな色の炎は見たことがなかった。実はこの城の外にならそんな火があるのかもしれない。だけど、不思議とその見たこともないような色をした炎を怖いと感じることはなく逆に懐かしさや親しさのようなものを覚えていた。そう、例えるならどこかで見たことがあるような……あるいは自分の一部のような感じがどこかする。そんなまったく怖く無い炎に囲まれながらも僕は横になっていた。首は上手く動かないただ横向けになって燃えている材木たちを泣きもせず眺めていた。普通なら泣きわめくはずなのに……視線の先にはあまりみない衣装を着込んだ金の髪色をした長髪の誰かがいた。その人は男なのか女のかわからないような顔をしていて、燃えている火達が導かれるようにその人に集まっているようだった。
「あぁ!あぁ!!忌々しい忌々しいぃ!!!何年たてども我の邪魔だてをするのかぁ」
金髪の人は自身に燃え移ってくる火を体を震わして鎮火してしまう。しかしながら燃えてしまった全身にはありこちに痛々しいやけど傷が出来ていた。
「だが、まだまだ赤子の身。いずれこの体が蘇った時また逢いまみえようぞ……」
そう言って金髪の人は逃げるように燃える建物の天井を突き破ってこの場から立ち去ってしまう。よかった。心の底からなぜかそう思った。あの人のことはぜんぜん知らないけれど僕は彼にあまり好きではない。なぜだか、なんとなくそう思った。
「熱い!熱いぞ!水は水は何処なのじゃ!」
声が聞こえてはっとする。首は動かないけれど目の中の端っこでははだけた服装の女の人が全身の皮膚を変わった色の炎で燃やされていた。焼けた皮膚はやけてただれてしまっていて、桜の花の色がまざったような健康的な皮膚の色からお墓に咲いている彼岸花に少し黒を混ぜたような色になってしまっていた。その女の人には煙と共に焼けた肉のような香ばしい匂いがして本当に心の底から吐き気がした。僕はおもわず自分の小くて何もつかめない手をその女の人に伸ばした。
生暖かい風がざわざわと囁き合っている。木の枝の上で重い頭と上体を持ち上げてキョロキョロと森の中を見る。辺りには木々が仲良く並びあっていてその内の一本の中腹に泊っているヒグラシたちが夏を喜んで全身全霊で鳴いている。今は天正九年の7月9日真夏の時期。セミがうるさく鳴いたり、梅雨の時期特有のジメジメとした雰囲気などの夏らしい空気に僕はどことなく口角が上がってしまう。なにせ、この日は特別な日だからだ。
「お~い!
「若ー!どこですかー!そろそろ日が沈んでしまいますよー!」
森の向こうから二人の声が聞こえる。どうやら心配されるほど長く居眠りしていたらしい。
「しょうがないにゃー……こっこだよー!!!」
「「えっ!?」」
一分の申し訳なさと九分の悪戯心で僕は木の上から飛び降りる。二人の大切な家族の下へと着地を果たす。
「あっはっはっは!!二人の驚いた顔おもしろー」
「「…………」」
ゲラゲラと笑う僕を対象に二人は狐みたいに目を細めて無言でじっとこっちを見つめてくる。
「あ、あの二人ともせめて何か言ってくれないかな」
さすがにずっと無言なのがきつくなってきたのか魁は人差し指同志をくっつけて視線を斜め下に落としてしまう。
「若様……危ないからもう二度と高い木には登らないって約束しましたよね?」
水色の小袖を着た銀髪の女性お雪が叱るような口調で問いかけてくる彼女は僕と同じく城の離れの屋敷に住む親代わりなので中々口答えできない。そしておろうことか僕は雪との約束のことをすっかりと忘れていたことを思い出してはっとする。
「えっと、そのぉ」
「だよねー道理でかくれんぼで見つからないわけだよ」
姉であるらしい
「てへぺろ(・ω<)!」
手を頭において頭少し斜めに下げながら舌を出して片方の瞼をとじて反省の意をしめす。断じてふざけてなどいない。どれくらい真面目かと言うとお城のお堀に「阿保」って墨で書いた時くらい真面目である。
「「………」」
あぁ、だめみたいですね。すいません母さんどうやらもうすぐそっちに行くみたいです。三途の川の向こうで待っててくださいな
城のはずれにある屋敷。塀に囲われ城の者は誰も立ち入ることを許されぬ場所。週に数回衣類や食べ物などの生活に必要な物資が門の前に置かれ、それをお雪が回収するといういびつな文化があるこの場所にて、忌み子として隔離されている魁は……
「
嫌いな漢文を読まされていた。あーもうなんでこうも漢文って読みずらいんだ!漢文大っ嫌い!誰だよ
「ダメですよ―若様♪あとこの本を三冊は読んでもらいますから~」
「お雪の鬼!もののけ!怪異!」
あらん限りの血も涙もなさそうな存在をあげて僕はお雪に文句を言う。
「はやくおわらせろよなー今回ばかりは私も助けられない」
「そんなー神様、仏様、英様!お助けくださいよー!」
なんでいい日に限ってこんな目に合うことになるんだよ!いいじゃないか生まれた日なんだから!今日くらいいいじゃない!
「別にいまれた生まれた日なんてどうでもいいじゃないか。歳なんて元旦すぎりゃ増えるんだから」
※戦国時代の日本では正月が過ぎれば一歳年を取る数え年と呼ばれる形で年齢を数えていたとされる。
「でも、自分と言う存在が九年前この日生まれたって言われるとなんか記念すべき日って感じしない?」
みんなは違うらしいけど僕は少なくともそう思う。
「うーん気持ちはわかるけどさーやっぱり感覚がわかんないなーまぁいいけどね。じゃ、そろそろ私城に返るね」
そういって英は踵を返して塀に綱梯子をかけて登り、上った後その上で梯子を回収して塀に飛び降りる。
「気を付けてなー」
そんな声も聞こえず英は帰って行ってしまった。まぁ、また明日も会えるだろう。
そうして今日もまだ何でもない一日が終わろうとしていた。否、終わるはずだった
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