神なんてぶん殴ってやる!(旧題:忌み子伝説)~神々に運命を狂わされた男は反逆する~
夜野ケイ
その日、忌み子が産まれた
その日は、皮肉なほどに雨が降る日であった。日本で尚且つ梅雨であるこの時期であるならば何ら不思議なことではないはずなのだが、不思議とこの日の空は我々を嘲笑っていたようにも思えた。そう思うほどにうるさく雷雨は鳴り響いていたのだった。
「………」
これ以上ないほどに眉間にしわを寄せて、整ったあごひげを撫で上げながらも戦国時代の大武将その家臣が一人、
「……殿。少々、落ち着きをお取り戻しになっては?」
城の天守閣の中で先ほどから端から端までを行ったり来たりしている主人を見ながらたしなめるように注意をする家老。
「しかしだな爺。得体の知れぬものが産まれるのだぞ?不安になるなと言う方が土台無理な話であろう」
家老の言葉が効いたのか、鷹宇治は動くことをやめて高座に腰かける。しかしながら、緊張感は未だ薄れぬようでその利き腕には刀がしっかりと握られていた。
「えぇ、この爺とて初めてのことでございまする」
「無理もない、何せ産まれる子は誠、不気味故な……」
いつもよりも少し低い声で鷹宇治は持っていた刀の鯉口を切ってその刀身を露わにする。その刀身には戦場に立つ侍の顔が写っていた。
鷹宇治には一昨年生まれたばかりになる娘がいる。男児ではなかったことに落胆したのはまだ記憶に新しい。しかし、この世に自身の血脈を受け継ぐ子が産まれたことそれ自体は祝うべきことであると思いなおし龍灯の血族として育てる運びとなった。そんな、吉事から間もなく領地に妖の類が数多現れたとの報告を角狩りたちから受けて城主であるわしは無論、ほとんどの男連中を連れて討伐に向かうこととなったのだ。その討伐事態は者の数週間で終わったのだが、意図もなく織田様から戦に出向くよう命じられ、結果として家を半年も開けることとなってしまったのだった。一昨年はとてもあわただしく息をつく暇もない年であったと今でも思い返す。なにせ、戦から帰って早々おどおどとした乳母から妻の懐妊を知らされたからだ。
寝耳の水であった。なにせ、娘が生まれてからまだその時は半年と少しばかりしかたっていなかったのだから、一体誰との子なのだと城の物すべてを巻き込んだ大騒動へとなりかけたのだから……。幸か不幸か、わしの領地は狭くこの城には人手があまりおらんかった。故に生まれたばかりの赤子である娘は妻が直接その手で育てていた。つまりは、妻は不貞を働く暇も相手もいなかったのだ。では、妻の腹にいる子は何者なのか?そればかりはついぞわからず一年が過ぎ仮にも我が子かもしれないのだから下手に流すわけにもいかず、今日出産となってしまった。今、我が妻は大事な娘を乳母に預けて産屋へとおもむき一人命を懸けて子を産もうと戦っている。生まれてくる子は、果たして我が子か、あるいは鬼の子か。
「!?……と、殿!!あちらを!!」
鳴り響く雷鳴にも負けんばかりのつんざく声で爺が何かを見るように促してくる。鷹宇治は爺が指さす方を見て思わず絶句してしまった。
「ば、馬鹿な……!?何故産屋が燃えているのだ!者ども!誰でも良い!火事じゃぁ!!火をけせぇぇ!!」
鷹宇治の視線の先には豪雨の中でなお絶えず紅紫色の炎がゴウゴウと燃え続けている産屋の姿があった。鷹宇治は転びそうなほどの勢いで城を出て雨で湿るからだすらも気にせず、産屋の方へと走っていったのだった。後ろに続くように爺や家臣、小間使いの者までついてくる。
産屋についたころには、もうすでに奇怪な紅紫色の炎は夢、幻かのように消えていた。しかしながら、先ほど皆が見た炎は存在したのだとはっきりと証明するかのように燃えきり黒ずんだ灰まみれの産屋だったものがその場には残っていた。この豪雨の中、火はまったく衰えず産屋を完全に燃やしきったのだとその場にいた者たちすべては理解した。
「殿……残念ながら、奥方は……」
爺が鷹宇治の横に立って恐る恐ると言った風に言葉は発する。
「……わかっておる。爺、皆の者!急ぎ産屋を解体するのだ!せめて妻と産まれてくるはずであった赤子の灰にならずに残った焼骨を集めよ!」
鷹宇治はその場にいた部下すべてに命じ、せめて妻とその子の遺骨だけでも埋葬するのだと言った。頬には水滴がしたたり落ちる。その水滴は雨か、はたまた……
――オギャー!オギャー!
「「「!?」」」
その場にいたすべての者が幽霊でも見たかのように驚きの表情を見せる。震える足で一歩また一歩と鷹宇治が率先して産屋だった燃え痕の中へと歩みより、声の主を見つけ抱き抱えて持ち上げる……
「忌み子じゃ……」
爺が鷹宇治の抱き上げた赤子を見ながらそう呟いた。
その日は、皮肉なほどに雨が降る日であった。
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