2. 中編
午前の基礎練中も、カズトはサインの書かれたメモ帳をずっと眺めていた。
お昼にお握りを食べている時に、デカい弁当箱を抱えたトモロウが隣に座った。
「カズトさ、さっきの練習中、なんかサイン見返してなかった?」
「え、あ、そうだけど?」
サインを覚えること自体、試合に備える意味では大したことではない。ただ、直前にそれをやっていることを明確に言われると、少し負い目を感じ、カズトの返事には戸惑いが混じった。
「なんかさ、サイン覚えるの意外と苦手やなって思ってて。」
アップシューズのマジックテープを付けたり剥がしたりしながら、カズトは正直に答えた。
「やっぱそう?俺もサイン覚えんの、苦手。」
トモロウは左手に持った箸を空中に差して、嬉しそうに言った。
「え、トモもそうなん?」
「っていうか、カズトも覚えてへんの知らんかったわ。それで試合出てんのズリーわ。」
11人いてほぼ全員が試合に出ることのある3年と違い、2年は18人もいるため、トモロウはベンチに座っていても打席に立ったり守備に着いたりする機会が少ない。
「せっかく頑張ってサイン覚えても試合ごとに変わるし、実戦で使わへんと忘れるし。やけど、試合出てんのにサイン覚えておらんやつおるとは。」
「サイン覚えてへん訳では無いねん。覚えるのが苦手なだけ。」
「そんでもサイン出されてミスしたら同じやろ。おー怖。」
「そんな、フラグ立てんといてよ。」
カズトは笑いながら言ったが、サインを思い出せなくなるのが心配になり、再びメモ帳に目を落とした。
午後の2年中心チームの練習試合が始まる直前、監督から打順の発表があった。カズトは7番、キョウヘイは1番、トモロウは案の定ベンチスタートだった。
「なんや、キョウヘイ1番やん。ホームランでランナー一掃できへんな。」
とカズトは笑いながらキョウヘイに声を掛けた。頭の片隅ではサインの不安はあったが、それは忘れて試合に集中したかった。
「俺がランナーで出た時にバッターのカズトへサインが出るかもな。」
「そんな訳ねーやろ。キョウヘイ1番やって。」
「え、知らんかったん?今日ベース四塁まであるんやって。」
「え、ほんま?」
「そんな訳あらへんやろ。っていうかツーアウトでサイン出す監督もおかしいやろ。」
そんな冗談を言い合っている内に、カズトの心は
試合は先攻で始まった。初回、2回と両チーム三者凡退で点が取れないどころか一塁も踏めず、あっという間に3回の攻撃となった。
先頭打者はカズト。まだ浅い左バッターボックスの土を掘り、足場を整えながら、カズトは集中していた。
(まだどっちもランナー出とらへん。ここで先に塁に出て、チャンス作った方が勝ちや。)
ピッチャーの右手から白球が投げ込まれる。高い。
――ボール。
球審の低い声が聞こえた。
(なんか今日はボールがよう見える気がするわ。)
もう一度足場を整え、2球目に備えてバットを構えたカズトは、ピッチャーから投げられた高いボールを見た。しかし、それはさっきとは違いカズトの手前で大きく曲がりつつ緩やかに落ち、丁度真ん中に入った。
カズトは脇を締め、短く鋭いスイングでバットを振り下ろした。
(後編へ続く)
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