第7話

 ある月のない夜、王都の倉庫街で闇に蠢く一団がいた。


「なるほど、何か音が聞こえるね…聞きようによっては女性の声のようだ」

「殿下、話を信じてくださってありがとうございます」

「いや、最初はびっくりしたけど、この国の危機かもしれないというなら黙ってはいられない。何、表向きはドートレル家への密輸入疑惑の捜査だ。よしんば何もなかったとしても言い訳はできるさ」


権力の濫用らんようとも言えるが、国の最高権力者が味方に付いているというのは心強い。


 息を殺してドートレル家所有の倉庫を窺う。キーン、キーン…という金属音が断続的に聞こえてくる。


「殿下、準備整いました」


ケアン卿が傍に来て囁く。王太子が腕を上げ、振り下ろして合図を送った。


 黒装束に身を包んだ騎士たちが足音を忍ばせて屋内へ侵入を開始した。


 地下へと続く階段を降りると、煌々と明かりのついた空間へと到達した。


「…何という眩しさだ…光源はいったい何だ?」


無機質なドアが開きネコミミ娘が二人出て来た。可愛らしく首を傾げる。


「どちら様ニャ?」

「確保しろ!」


騎士が二人踏み出して彼女たちを拘束した。


「ニャニするにゃー?!」「いやニャーン」


 王太子がぴっちりしまったドアの前まで行った。見たところドアノブなどは見当たらない。


「さて、このドアはどう開けるのかな?リリー、わかるかい」

「うーん、どっちだろ。手、いや目…かな」


胸の高さ辺りにモニターらしきものがある。リリアナたちには少々低い位置だが、彼女らには丁度いい高さだろう。


「騎士様、その彼女をここに立たせて下さい」


ネコミミはじたばたと抵抗を見せたが、屈強な騎士はものともせず、ヒョイと彼女を持ち上げた。


 リリアナは嫌がる彼女の顔を両手で固定するとモニターに視線を合わせた。画面が緑色に光り、ドアがプシュっと音を立てて開いた。


 騎士たちが王太子を守りながら室内に突入する。


 中には数人のイミモケン女性と二人の男性がいた。


「な、何者だ!」


貴族らしき人物がとっさに叫んだ。


「おや、ネロリ侯爵。意外なところで出会うね」

「お、王太子殿下!?」


眉間にほくろのある、おでこが少しさみしい男性が急いで礼をした。


「王太子殿下!いくら殿下とおっしゃえどもこのような成さりようは…」


もう一人の貴族、ドートレル侯爵が抗議をした。


「残念だが侯爵、この建物には捜査令状が出ている。陛下もご存じだ」


王太子の言葉に応えるように、ケアン卿が書類を掲げて見せた。


「し、しかしっ、こちらには畏れ多くもイミモケンの女王陛下がいらっしゃるのですぞ!」

「…ほう」


王太子が厳しい眼差しで奥にいる女性を見る。


「お忍びですかな。私は存じ上げてはおりませんが」


他国の元首が、王家に何の打診もなく入国するなどありえない。秘密裏に来たのならば、何か理由があるはずだ。明らかに失言だったとドートレル侯爵が青褪める。


「それにこの施設はいったい何のためですか?わが国で何をされるおつもりか」

「マリオナーク殿下ぁ。そんなことおっしゃらにゃいで~」

「…アニア王女…」


王太子が盛大に顔を顰めて鼻を押さえる。


「殿下、やっぱり匂うのですか?ケアン卿方はどうですか」


リリアナが訊ねる。


「ああ…」

「ええ、そうですね。殿下ほど不快ではありませんが、なんとなくは。ハノーバー嬢は感じられないのですか?」

「いえ、まったく。おそらく男性にしか作用しない物なんでしょう。個人差はあるようですが」


 フェロモン香水というものは前の世界にもあった。効き目は眉唾物だったけれど、昆虫や一部の動物に対しては実践的な使用がされていたはずだ。


「人間は複雑な要因によってパートナーを決めますからね」


それにしても王太子が直々に選んだ騎士たちだけあって、ネコミミ娘には少しも心を揺らされないようだ。


 リリアナが一人でうんうんと納得していると、王太子が後ろに居並ぶ騎士たちに下知をなした。


「皆の者、やれ」


騎士たちは持ってきていた武器、大鉄槌や戦斧を取り出すと周囲にある機器に振り上げた。


「ニャッ、ニャニをするにゃー」


マリオナークに取り縋っていたアニア王女以外のネコミミたちは一人の女性を庇うようにしている。


 騎士たちは最初こそ未知の金属からなる機械の破壊に苦労していたが、さすが力自慢の男たち、しばらくすると要領を得てきたようだ。


「や、やめろ!それは…投影装置が…」


騎士が一つの機械に手をかけた時、彼女らの姿が変わった。


「ヒィッ…化け物…!」


オロオロと成り行きを見ていたドートレル侯爵が腰を抜かした。王太子も驚きに目を瞠っている。


 彼女たちの可愛らしい猫耳は、ぬらりとした突起に変わっていた。それだけではない、大きな黒い瞳はぎょろりとしたトカゲのような目に、肌の色はてらてら光る緑色で、手足は異様に細く指が四本しかなかった。口は横に大きく裂け、乱杭歯らんぐいばのような牙がみっしりと生えている。


「…何ということだ。君はこうなることも予想していたのかい、リリー」

「…ええと、そうですね。彼女たちは地球外、じゃなかった、この世界の外から来た生命体で、侵略者なのではないかと」

「侵略…この施設でか?」


攻撃力に繋がりそうにもない機器を見て、王太子も不可解だという顔をする。


「ええ、たぶん、武力による侵略はせず、比較的ゆっくりと仲間を増やしていくのでしょう。彼女たちは多産ですが女性しか生まれない。単為生殖をするタイプの生物なんでしょう。でも何らかの理由で時々染色体の交換が必要になる…」

「いや、待ってくれ。女児ばかりが生まれるわけでもないだろう、現にそこのネロリ候の母親はイミモケン人だ」

「言いにくいんですが…ネロリ候はお父上にそっくりだそうですね。彼は父親の複製クローンなのかもしれません。初めのうちは不自然に思われないように気を使ったのでは」

「そんなことが…しかし、いくら女児を生んで増やしたからとて、それで世界を征服するなど…我々だって子をなすのだから」

「そこなんですよね。もしかしたら性交時などにパートナーとなった男性の生殖機能を失わせているのかもしれません。そうすれば、いずれは我々人類の子孫が生まれることが著しく少なくなるでしょうから」


確かそうやって、害虫となるハエか何かを根絶やしにした例があったはず。


「…それが本当ならなんと恐ろしい話だ…」


王太子だけでなく、そこにいる男性全員が青い顔をしていた。


 最初に動いたのはドートレル侯爵だった。


「そ、そんな、嘘だろう?!ジューダ?」


女王を守っている一人に呼びかける。彼の妻だった者だろう。しかし代わりに答えたのは女王だった。


「そこまでわかっているのか…お前、『地球』と言ったな。あの星は我らと同じく科学を礎とする文明ゆえ手を出さなかった。この星ならば猿と変わらぬ未開の者ども、侵略も容易いと侮っていたが、まさか見破る者が現れようとは…もはやこれまで。我らは去ることとする」


地球にもネコミミに弱い人がいっぱいいそうだな、とリリアナは思ったが、あの星の未来のために黙っておくことにした。


「逃がすわけにはいかない。二番隊、前へ!全員捕縛しろ」


遅れてやって来た騎士たちが訓練された犬と共に突入する。その中にはディアナもいた。


「ひぃっ」「ぎゃぁぁ!」


犬たちは一直線に彼女らの足もとへと向かった。


「あっ、女王様!」「やめるにゃー!」


…しかし女王は脆弱だった。彼女は犬に怯んで逃げようとして転び、床に倒れた時に絶命してしまった。


「…」

「…」

「…」

「あんまり進化しすぎると身体が弱くなるっていう説があったけど…」

「ま、まあ、いい。残った者を引っ立てよ」

「「「「はっ」」」」

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