第4話

 「よく来てくれましたね、ハノーバー伯爵令嬢。お顔をおあげなさい」

「お会いできて光栄でございます、王妃陛下」


リリアナは王城に呼び出されていた。


 目の前にいるのは国で最高位の女性だ。四十はとうに超えているはずだが、その美貌は衰えることを知らない。国王の寵愛も深くて、王太子の下に、八歳から二十歳の王女が三人いる。


「いずれ義親子おやこになるのですもの。肩の力を抜いてちょうだい」

「恐れ入ります」


 『お前のようなみすぼらしい女が王太子妃になれるとでも思っているの?』


王妃からの呼び出しだと聞いた時から、そんな修羅場を覚悟していたリリアナは本当に肩から力が抜けた。


「さあさあ、お茶をお飲みなさい。お菓子もあってよ」

「ありがとうございます」


テーブルの上には見た目にもおいしそうな焼き菓子やタルト、それにも負けないくらいの色とりどりの花が飾られている。


「ああ、よかったわ。あの子がちゃんとお相手を連れてきてくれて」


スモモのタルトをいただいていたリリアナは、どういうことだろうかと首を傾げた。


「あの子ったらね、イミモケンの王女を妃に、という話が出た時に、自分には好きな子がいるからと拒否したの。でも私も王陛下も断るためのとっさの嘘だろうと思っていたのよ。だから早く連れて来てみなさい、って」

(ああ、だからあんなに必死だったのね)


王妃がカップを手にしたまま、バラの花を見つめ独り言のように言った。


「本当にね、そこら辺の犬とか連れてきたらどうしようって、わりと本気で心配してたのよ…」

(それって、私のことを『汚らわしい雌犬が』とか思ってるわけではないわよね…)


 リリアナの心配は、楽しそうな王妃の表情や声音から杞憂だとわかった。


「ところであなたたち、どうやって出会ったの?」

「私は王立公園によく行くのですが、一月ほど前にお忍びでいらしていた殿下とお会いしました。そこで何度かお話して、傷ついていた私を慰めてくださったんです…そんな殿下のお優しさに私の心は救われました…」

「まあぁ…あの子にもそんな優しい所があったのね…」

(すいません、全部嘘です。先日考えたシナリオです…)


感動に打ち震える王妃に罪悪感を覚えつつ一生懸命笑っていると、慌ただしく扉が開いた。


 リリアナは立ち上がって礼をする。


「もう、はしたなくてよ。マリオナーク」

「失礼、母上がリリアナ嬢をお呼び出しになったと聞いて…」

「あら、もしかして嫁いびりでもしていると思ったの?」

(ギクッ…)

「…いえ、そうではありませんが…彼女が心細い思いをしているのではないかと心配しまして」

「まあ!ほほほ…わかったわ。邪魔者は消えますわね?あとは若い二人で。ほほほ…」


上機嫌で笑いながら、王妃は侍女を引き連れて退出していった。


 「はぁ~」


王太子宮に場所を移すと、マリオナーク殿下はソファに身をあずけて寛いだ。


「母上には何も言われなかったかい?ああ見えてあの人は喰えないから」

「はい、大丈夫です。打ち合わせ通りにお話しできましたし、大変優しくして頂きました」

「そうか。来週、王宮開催の夜会の前にでも君の両親も交えて、改めて両陛下に紹介しようと思っていたのだが、母上に先を越されてしまった」

「そうだったんですね。話をすり合わせて置いてよかったです。お聞きしました、とっさに好きな人がいると仰ったこと」

「…ああ…うん、そうなんだが…別に誰でもよかったわけではないんだよ…」

「殿下を好きにならない女性…とかですか?」

「え?いや、君には私を好きになって欲しいよ?」

「えっ、そうなんですか?それは申し訳ありません」

「…なんか傷付くな…」

「あ…すみません、私可愛げがなくて…」


元婚約者に散々言われていたことだ。


「ん?君は十分可愛いと思うよ。それに下手に媚びを売ってくる女性よりは断然好ましい。私は君のような、凛とした女性が好きなんだ」

「…っ!あ、ありがとうございます」

「大体、あの甘い声ですり寄ってくるのは何なんだ!上目遣いとかもあざといだけで少しも魅力を感じない。そもそも…」

(え、誰か特定の人のこと?)

「人を見るたび、キャーキャーニャーニャー、なんでぞろぞろやって来るんだ!」

(あ、女性全般か)

「ウォッホン!」


ケアン卿の介入で冷静さを取り戻した王太子は自分も小さく咳払いをした。いいタイミングで侍女もお茶を持って来た。


「こ、今度の夜会だが。ぜひドレスを贈らせてくれ」

「は、はい、光栄です」


 数日後、宣言通り王太子からドレスが届けられた。一緒に添えられていたのはカードとカンパニュラの花束。この前、王太子宮の庭でリリアナが好きだと言った花だ。


 カードにはエスコートをしたいという旨が書かれていた。


「まあ!なんて素敵なドレス。あら、このカンパニュラのピンクと同じ色味ね。あなたの亜麻色の髪とよく似合うわ」


母は大興奮している。


「こんな可愛い色、私に似合うかしら?」


淡いピンクを基調としたシンプルなデザインのドレスに、同じ色のチュールスカートが重ねられている。襟元の開きは少し広めだが、スクエアネックになっていてそこまで大胆ではない。


ガイアスが余り派手な装いを好まなかったので、以前のリリアナは暗色系のドレスを選びがちだった。


「何を言っているの!ピンクといっても大人びたデザインだし、常々私もこういう華やかな色もあなたに合うと思っていたのよ。でもほら、あの方は少々地味なお顔だったから…」

(あ、そんな風に思っていたんだ)


婚約がなくなってから彼に対して急に辛らつになった母。


「殿下はキラキラしい方だから、隣に立つにはこれくらいのドレスじゃないとね!本当によくわかっていらっしゃるわ!ああ、楽しみ。私も張り切って準備しなくちゃ」


 自室に戻ってリリアナは考える。


「もし今度の夜会で殿下のエスコートを受けてしまったらもう後戻りをするのは難しくなるわね」


最初はちょっと元婚約者の鼻を開かせてやろうぐらいの気持ちだったけど…。


 半ば王妃様にも認められてしまったし。


 足もとに寝そべるガーディの背を撫でる。


「そうなったら、あなたをこの家に置いて行かないといけないかもしれないわ…。ヘンドリックやお父様もお母様もあなたのことは大切にしてくれるでしょうけど」


ガーディは寝そべったまま、パタパタと尻尾を振った。


「私も気合を入れるわ!」


                ++++++              


 リリアナは王太子マリオナークに手を取られて夜会会場へ足を踏み入れた。


 会場中の視線が突き刺さる。興味ややっかみ、悪意。様々な感情が入り乱れる。


「すまない、ちょっと外す。すぐ戻るから」


しばらく一緒に挨拶回りなどをしていたが、王太子が国王に呼ばれた。


「大丈夫ですわ。友人と話でもしておりますから」


マルカとディアナの姿を認めながら王太子に頷いて見せる。


「ちょっとちょっと!どうゆうことよ、リリー」


一人になるとマルカがいそいそとやって来た。


「うーん、成り行き?」

「何それ…ちょっと詳しく?」

「こらこら、マルカ。リリーが困ってるだろう?ところでリリー、今日のドレスはよく似合っているね」


ディアナが開口一番ドレスを褒めてくれた。相変わらず男前だ。


「そうね!とても素敵よ。やっぱりそういう色似合うわ。あなたきれいなんだもの、もったいないなって思ってたのよ…もしかして殿下のお見立て?」

「え、ええ」


ちょっと恥ずかしくなって顔に熱が集まる。


「そのネックレスも?」


ディアナが目ざとく見つけた。


「そ、そうなの」


夜会が始まる前、王太子が手ずからつけてくれたブラウンダイアモンドのネックレスだ。


「あら、殿下のお色ね。シンプルな襟元によく合っていて素敵だわ」

「おや、ご覧よ。見覚えのある顔がこちらを睨んでいるよ」


ディアナに誘われて視線を移した先には、ガイアスがいた。


「あれは睨んでるっていうより、呆然としているのね。逃がした魚は大きいって気付いたんじゃない?今更だけど」


くくく、とマルカが笑う。


 エイミン嬢が身重だからだろうか、今日は一人で来たようで、男性たちと一緒にいる。


「あ、一緒にいらっしゃるのはネロリ侯爵ね。母が言うにはあの方、お父様と瓜二つなんですって」

「そりゃ親子だもの、似るだろう?」

「ううん、それがね、背格好からほくろの場所、髪の毛事情どころか持病まで一緒なんだって」

「まあ、病気は遺伝したりするけれど…そういえばネロリ候のお母上もあちらの女性だったわね」

「そうよ、確か先代が一番初めにイミモケンから奥方を迎えた方じゃなかったかしら」

「それにしてもマルカ、相変わらず色んなこと知ってるね」


 マルカは目が覚めるほどの美人だ。生家は子爵家ながら裕福で、母子共に社交界の花として名をはせている。ちなみにマルカは公爵家の嫡男に見初められて、絶賛婚約中である。


「他にもあるわよ~、三番街で夜な夜な女のすすり泣く声がするとか…」


マルカが不気味な笑顔を浮かべて迫る。


「やめてよ。そうゆう話は苦手なの!」


そこに王太子が戻ってきた。


「お待たせ、リリアナ嬢、楽しそうだね。パーカー嬢、メルトン嬢、こんばんは」

「「御機嫌よう、王太子殿下。お招きいただき光栄です」」

「君たちはリリアナ嬢の大切な友人だ。気楽に接してくれて構わないよ」

「「ありがとうございます」」


 「マリオナーク様ぁ!」


四人で歓談していると、王太子の腕に触れて来た女性がいた。


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