推しに感謝

 こちらを見つめる力強い瞳はこれまで見ていた彼女の瞳の中では一番冷ややかなものだった。

「い、いやだなー。これは私が心死んでるときにつけたやつって知ってるじゃん。」

「それじゃない。いや、それもだけど、首に切り傷を付けた原因とお尻についたひどいやけど痕、右足の打撲痕、そして…」

「千秋を殺したやつのことだよ」

「私ここ、生きてるよ」

「今の千秋は千秋だど…千秋じゃないんだよ」

「じゃあ今の私のこと嫌い?」

「好きだけど…」

「それでいいじゃん」

「よくない。絶対」

「ちょ、肩痛い痛い」

「ご、ごめん…」

話が途切れると雰囲気が変わる。これ以上踏み込んでいいものか、踏み込んでしまったら私たちの関係が変わってしまうのではないだろうか。互いに目をそらしたことに触れることは恐怖でしかなかった。

 だが、恐怖を感じ、苦しい思いをしたからいまのような時間があるのではないか。幼馴染だろ私は。バンドに夢中で彼女を見ていなかったからこうなってしまったのだ。彼女が背負ったものを一緒に背負う覚悟で私はシェアハウスを頼んだのだろ。言え!言え!

「…私がバンドばっかりしてて千秋がいじめられてるのを見てなかったから?」

 なんとなんと馬鹿なのだろう私は。昔から憶病で、自信がなくて、千秋ちゃんの陰に隠れていたころとなにも変われていない。こんな時までも彼女が話してくれるのを待っているだなんて。

「違うよ」

「それじゃあ何で…」

「それは…言えないかな。」

「何で?」

「うーん…言いたくないからかな。」

「でもそれじゃぁ」

「だって言っても何も変わらないよ?私が固形物食べれなくなった話なんてほんとに最悪で絶対話さないほうがいいって。私も思い出したくもないし…」

「それにさ、今も楽しく過ごせてるでしょ?ならいいじゃん。これからも一緒に楽しく暮らそうよ小春。」

甘い、甘い誘惑が私の決意を鈍らせてくる。とっても優しくて頼られることが好きな千秋ちゃんの手がゆっくりと私の目の前に差し出されている。手を取ってしまえば彼女になにがあったかもう二度と聞くことはできないだろう。

「うん…そうだね」

柔らかくて小さい手…こんな手をどうしてあんな切り傷を負わせてしまうほど追い詰められたのか。私からはもう聞けない。だから…

「だから無理やりにでも話してもらう。私はあんまり話すの得意じゃないから体から」

私にとってのファーストキス、千秋にとっては多分2回目の。深くまで潜れば教えてくれるだろうか?いや、聞く。絡み合った舌から。火照った体から。敏感な割れ目からすべてを教えてもらおう。足りなかったあの日のコミュニケーションを今ここで。

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