第11話 特訓

人狼の襲撃があった翌日。何やら祇園から話があるという事で、雄馬は非番でありながらも朝からアンラベルへ訪れていた


「失礼しまーす」


支部長室のドアを開けると、祇園が1人掛けのソファに腰掛け、本を読んでいた


「来たか。座れ」


祇園が目線で示した先のソファに座る。それから数秒間の沈黙を経た後、祇園が本を閉じ、口を開いた


「人狼に襲われたと聞いた」


「はい。昨日の19時頃」


「お前も応戦したらしいな」


もしかして責められているのだろうか。任務外での戦いだったし、もしかしたら処罰の対象になるのかもしれない。ここは一応言い訳を交えて答えておこう


「まあ。あのままじゃ殺されると思ったので」


「結果一体を戒式で拘束したと。記憶を失って以降、戦闘訓練は行なっていなかった筈だが」


「あー、はい。まあでも、見よう見まねでやったらなんとか」


「そういう物ではない」


「え?」


「戒式とは、一朝一夕で成せる技術ではない。優れた拡張意識操作の才と、長期にわたる反復訓練の双方が合わさり、ようやく形になる」


どうやら特に先の襲撃に際して何か違反を犯したとかではないらしい。不可抗力とはいえ、根墨に殴られた時マンションにドデカい穴を開けてしまったから、内心ヒヤヒヤしていたのだが


「なるほど。そういうもんですか」


「お前の身体が…いや、魂が覚えているのだろうな」


「…はあ」


祇園の話の本筋が見えてこない。『記憶喪失になっても、実力はそこまで衰えてないから頑張れよ』とでも言いたいのだろうか。別に祇園に励まされなくても勝手に頑張るつもりだが


「それでその人狼、例の裏切り者との繋がりは見出せたか?」


「ああ、はい。拘束かけた奴に鎌かけたら、あからさまに動揺していたので、恐らくはグルかと」


「なるほど…敵性能力者、しかも集団と繋がっている干渉士という部分まで絞れれば、捜査の方向性も定まって来るな。引き続き、アンラベル内の情報収集は私に任せておけ」


「お願いします」


「…だが、今日お前をここに呼んだのはこんな話をするためではない」


祇園が何やら深刻そうな顔で語り出した。基本的に祇園はいつも深刻そうな顔をしているが、今はいつにも増して眉間の皺が深い


「これは極秘情報なのだが、つい一週間ほど前、アメリカ西部の異能都市『ストームベル』のアンラベル支部局が占拠された」


「そ…それはそれは」


雄馬は反応に困った。この話は既に大学で実から聞かされていたからだ。それに昨日の初復帰時にも一切その話が出てこなかったから、ここに来て触れられるとは予想していなかった


「ストームベル支部を襲ったのは『改造人間』を自称する能力者の集団だ。体系者は、人間の肉体に機械や武器を融合させる力を持っていると思われる。ストームベルに限らず、干渉士達は対銃火器戦を想定した訓練を行なっていない。故に今回のような事態が起こってしまった」


改造人間。襲撃当初は能力者の正体までは判明していなかった筈だから、この一週間で何らかの進展があったのだろう。しかし、やはり気になるのが


「…現在、武器は恐怖の大王の力で使用できないって聞いたんですけど」


「我々もそう思っていた。そこが改造人間の厄介な所で、融合した機械と分子レベルで複雑に結合し、結果武器の類すらも肉体の一部として扱われてしまう」


「…身体の一部だから武器じゃない、だから恐怖の大王の力の影響を受けないと…」


「特に、武器に用いる動力が全て体内で補完されているという点が重要だと考えられている。パトリオットが用いるレセプターが、その動力を拡張意識で補っているようにな」


それにしても恐怖の大王の力には随分と抜け穴が多いように思う。そもそも恐怖の大王とは一体何者なのだろうか。散々話には聞いているが、その正体が能力者なのか何なのか未だに分かっていない


「現状改造人間どもはストームベルの占拠以降目立った動きを見せていない。だが3日前、この映像がストームベル支部のアドレスから送られてきた」


そう言って祇園はノートパソコンを開くと、ひとつの動画ファイルを再生した。画面には『Factory』という文字が表示され、フェードアウトしたかと思えば


『ヒャーッヒャッヒャッヒャ!!!ごきげんよう世界のアンラベルの諸君!!』


ハイテンションな中年の外国人が現れた。ヨレヨレの白衣を着ており、病的に痩せこけ、目はギョロリと飛び出している


『私の名はブラック・オクスリー!!悪の天才科学者だ!!』


「何ですかこれ。海外のB級映画?」


「黙って見ていろ」


『ストームベルで君たちアンラベルを襲撃したのは、何を隠そうこの私が開発した改造人間だ!実に見事だったろう!20世紀以来見る事のできなかった夥しい数の弾痕は!』


『だが!私はこのままチマチマとアメリカ全土を占拠していくつもりなどない!私の次の標的は、世界!そう!世界征服だ!』


実みたいな事を言うやつだな、と雄馬は思った。もしかして流行っているのだろうか。世界征服


『と、言うわけで近々、アンラベルの各国支部には我が改造人間軍団、ファクトリーによる大規模襲撃を実施させてもらう!!精々その時がいつ来るか震えて待っていてくれたまえ!ヒャヒャヒャ!』


ブラック・オクスリーの間抜けな笑い声を最後に、動画は終わった


「…何ですかこれ?」


「宣戦布告だ」


「いや…それはそうなんでしょうけど…こんなの俺に見せてどうしろと?」


祇園は雄馬の質問に答えず、淡々と話し出した


「干渉士には『体系者』と呼ばれる能力の祖となった能力者が存在する。これは知っているな」


「はい」


「体系者が存在する事には数多くのメリットがある。同一の能力を持つ能力者、つまり仲間を増やせる事。それによって能力の弱点や長所を新たに発見し、それらを対策したり強化する事ができる。加えて、組織化するにしても同一の能力者が多い程マニュアル化が容易かつ強固だ。そしてなにより体系化された能力は暴走の危険がない」


「しかしだ。そんな中、体系者を抱える唯一のデメリットが存在する。それは、体系者が死亡した場合その配下は全員、能力を失うという事だ」


「えっ」


「アンラベルに当てはめて言うならば、全世界で40万人の干渉士が一斉に能力を失う。こうなればアンラベルによる統治は一瞬で崩壊するだろう。改造人間のような連中に襲われれば当然ひとたまりもない」


「やば…」


「通常、干渉士の体系者は不定期で各国支部を転々とし、決まった所在を持たないようにしている。もし暗殺されるような事があれば世界中がパニックになるからな」


「だが現在、このような宣戦布告が行われた以上は体系者を気軽に移動させる事すらままならない。現在滞在している支部内に留めておくのが一番安全という判断に至った」


「なるほど…今、体系者はどこに居るんですか?」


「ここだ」


「えっ!?」


「我ら干渉士の体系者は、ここ天曽根支部に滞在している。現在は誰にも会わないよう、地下深くに隠しているがな」


「お…おぉ…」


祇園が妙な言い方をするものだから、一瞬自分がその体系者なのではないかと勘ぐってしまった


「それでだ。体系者には各国への滞在期間中、各支部内でも特に優れた干渉士を1名『衛星の騎士』として護衛に就けるのが決まりとなっている。まあ儀式的な側面も大きいがな」


「そして今回衛星の騎士に選出されたのが、英雄であるお前、茅場雄馬だったのだ」


「えぇ…」


「体系者を気軽に他国へ移動させられない、加えて衛星の騎士が記憶喪失で役立たず…この状況が意味する事が分かるか?」


「大ピンチですね…」


「その通り。というわけで前置きはこの辺りにして、本題に入る。お前には今日から特訓を受けてもらう。いち早く戦力として、そして衛星の騎士としての役割を果たせるよう、特別な講師を用意した」


「特別な講師…?」


「入れ。百瀬」


祇園がそう呼ぶと、支部長室の扉が乱暴に開かれた。入って来たのは


「邪魔するぜ」


ゆるいパーマのかかった長髪に、妙な形のサングラスをした男だった


「久しぶりだな、少年」


「どうも」


どうやら顔見知りらしい。一体何者なのだろうか


「こいつは百瀬修哉ももせしゅうや。お前のかつての師匠であり、元衛星の騎士だ」


「俺の…師匠…」


つまり、英雄を育てた張本人。雄馬がかつての実力を取り戻す為に、この上ない適任という事か


「そういう事だ。早速特訓を始めるぞ。ついてこい少年!」


「お、押忍!」


「馬鹿、勝手に行くな。まだ話は終わっていない」


「チッ…はいはい、手短にな」


「お前が使い物にならない今現在、衛星の騎士の代理はとある干渉士の少女が行っている。体系者自らの使命による選出なのだが、正直彼女には荷が重い。一刻も早く、衛星の騎士として最低限の実力を身に付けてくれ」


「分かりました」


「よろしい。では百瀬について行け」


「よし!気を取り直して行くぞ少年!」


「押忍!」





雄馬は百瀬に連れられ、天曽根支部内の修練場へと移動していた。広大な敷地面積故、徒歩での移動はかなりの時間を要する。既に10分ほどは歩いただろうか


「どうよ少年。最近の調子は」


「え?まあ、ぼちぼちですかね。昨日思いっきりぶん殴られましたけど…特に怪我もないですし」


「そうか…それは何よりだ。あとな少年、敬語をやめろ。背中がゾワゾワする」


「え、別に良いけど…アンタ俺の師匠だったんじゃないの。普通敬語使わね?」


「恐ろしくスマートに移行したな…いや、師匠と言っても腐れ縁みたいなもんだ。気にすんな」


「まあ、アンタがいいならいいけど」


「…さっき、衛星の騎士の。お前の代理の子の話が出たろ」


「あー話してたなそんな事」


「その子、俺の弟子なんだよ。少年からしたら妹弟子だ」


「ふーん?」


「まだ詳しくは話せんが…例の『衛星の騎士』選出の基準てのが色々と特殊でな。祇園は優れた干渉士が〜とか言っちゃいたが、実際はそれだけじゃない。ああ、少年はもちろん実力も申し分なかったが、妹弟子にはやっぱどう考えても荷が重い。もちろん優秀な干渉士ではあるんだけどな」


「そもそも衛星の騎士って、具体的には何すんの?」


「まぁ…それもちょっとまだ話せないな。一応、ただの護衛じゃねえって事だけは伝えとく」


「なんか、衛星の騎士関連になると急に話せない事が多くなったな」


「…色々とセンシティブなんだよ、その辺の話は」


「へー」


「…そのうち全部話す。必ずな」


そんな事を百瀬と話しているうちに2人は修練場へと到着した。訓練をすると言われても、干渉士の訓練がどんなものなのか雄馬には想像もつかない。そもそもこの百瀬という男がどれほどの実力者なのかも未知数だ


「まずはお手なみ拝見と行くか。好きにかかってこい」


雄馬がそんな事を考えていると、百瀬は肩をグルグルと回し、こちらへ振り向いた。好きにと言われても…仕方なく雄馬は全力疾走で距離を詰め、百瀬の顔面目掛けて思いっきり拳を撃ち込んだ


———ここからが、地獄の特訓の始まりだった

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