第9話 襲撃

「茅場さん、ご馳走様でした!」


雄馬と紫藤の2人はらー麺大森での食事を終え、帰路を歩いていた


「いやー、やっぱり大森は美味しいですね。流石茅場さんの行きつけのお店というだけありますよ」


「なんだ、紫藤も連れて来てたのか?」


以前は城内と頻繁に足を運んでいたらしいが、他の部下達も連れて来ていたのだろうか


「いえ!茅場さんの行きつけという情報を知って、その後個人的に通っていただけです!」


「あ、そう…」


紫藤は話す度にこんな調子の事を言うので、雄馬も段々と慣れて来てしまった


「あ、でも城内さんだけはよく同行してましたね。いやあ、俺もこうしてお供できて感激ですよ!」


「…ところでさ、紫藤から見て、俺と城内の関係ってどんな感じだった?」


雄馬が今日紫藤を食事に誘ったのには2つの理由がある。1つが雄馬と城内の関係を探る事。紫藤の発言を間に受け、雄馬が個人的に食事に誘っていた相手が城内に限られてくるのだとしたら、茅場雄馬が城内美琴に特別な感情を抱いていた可能性は高い


なぜそんな詮索をするのか。別に今雄馬が城内に好意を抱いている訳ではない。優秀な後輩だとは思うし、色々と助けられて感謝もしているが、出会って日も浅いし、少なくとも現在の雄馬の好みのタイプではない。しかしそれはあくまで「現在の雄馬」に限った話だ


仮に記憶喪失以前の雄馬が城内に好意を抱いていたとするなら、その感情を無下にした事で最終的に割を食うのは、他ならぬ雄馬自身だ。もちろんそれは雄馬の記憶が戻る事が大前提の話だが、襲撃された際の記憶が一度ああしてフラッシュバックしている以上、これからの人生で最終的に全ての記憶が戻る可能性は少なくないはずだ


ともかく、今の雄馬のスタンスは以前の自分が望まないであろう結果を想定し、避ける事。もちろん最優先すべきは自身の身の安全だが、その点を蔑ろにしない範囲では周辺環境の現状維持、あわよくば好転を見越した上での行動をしていくつもりでいる


「いやー、どうなんですかね。2人が付き合ってるんじゃないかって噂もありましたけど、城内さんに聞いた時ははぐらかされちゃいましたから」


「お前直接聞いたのかよ」


「え?まあ、はい。だって気になるじゃないですか、茅場さんがどんな女性を選ぶのか」


紫藤は本当にどんな些細な事でも雄馬の情報を仕入れたいらしい。だが今はそのストーカー根性が頼りになる


「実際付き合ってなかったと思うか?」


「俺個人としては、交際まではいってないんじゃないかなと思いますよ。かと言って、お互い全く異性として意識してなかったかと問われると、それもない気がします。城内さんの方は特に、茅場さんが他の女性隊員や事務員と話している時、どこか不満そうにしていましたから」


「へぇ、城内って嫉妬したりするんだ」


「でも正直、茅場さんに関してはよく分かんないですね。恋愛に限らず、常に掴みどころのない人でしたから。…ここだけの話、個人的には今の茅場さんの方がフランクで話しやすいんですよ」


以前の雄馬はそんな印象を受けていたのか。それなりに関係値の高い紫藤ですらそう思っていたというのだから、他の隊員からも恐らくは同じような印象を持たれていたのだろう


「なるほどな…ありがとう。いい話が聞けたよ」


「それなら良かったです!あっ、じゃあ俺、家こっちなんで。それじゃあまた…」


「あー…紫藤。まだ時間あるか。良かったら軽く家に寄ってかないか?ちょっと飲みたい気分なんだ。一杯だけで良いから付き合ってくれよ」


「えっ!全然構わないですけど…俺未成年ですよ?」


「じゃあ紫藤はジュースで。近くのコンビニ寄ってから俺の家に行こう」


「茅場さんの家に行けるなんて…今日はなんてツイてるんだ…」


そんな紫藤の純粋な反応を見て、雄馬は少し胸が痛くなった。まあ、何も起こらなければ済む話なのだが




「——そこで茅場さんが敵に言ったんですよ『僕がそんな罠にかかると思うか?』ってね。いやー、あの時は本当にシビレましたよ」


「へー」


身に覚えのない自分の武勇伝を、他人から聞かされるのは本当に何とも言えない気持ちになる。褒めるのも照れるのも違う気がする。とにかく反応に困る。「へー」という感想しか出てこない


「あ、あれですよね茅場さんのマンション」


そう言って紫藤は、遠くに少し見える雄馬のマンションを指差した。気付けばあたりは日が落ちて、だいぶ暗くなっている


「あーそうそう…ってお前、普通に把握してるんだな。てっきり来た事ないんだと思ってたよ」


「ずっと見ているだけだったので、入るのは初めてです」


「怖いよお前」


染谷の言うとおり、流石にキモいと思い始めてきた。家まで把握してたら本当にストーカーじゃないか。まあともかく、無事に帰ることが出来て一安心…


「茅場さん!危ない!」


「うお!」


突然、紫藤が雄馬の肩を押した。雄馬は2メートルほど吹っ飛ばされる。ビルの壁に激突するかと思ったが、寸前で身体がブレーキをかけたように急減速した。拡張意識で雄馬を移動させたのだろう。しかし何のために…


「はっ!」


自分を突き飛ばした紫藤の方に目をやると、彼の手にはサーベルのような形のレセプターが青白く光っているのが見える。紫藤の目の前には、2つの人影が立っている。見れば先ほど雄馬が立っていたあたりの地面が陥没している。あいつらが降ってきたのか。あんなのをまともに食らっていたら、怪我じゃ済まなかったろう


かなり大柄な二人組だ。2メートル近くはあるだろうか。この蒸し暑い夜によくもまあ、あんな厚着を…


——違う。あれは服じゃない。体毛だ。全身毛むくじゃらの身体、鋭い爪、眼光。そして何より、獣そのものを形取ったその顔つき


人狼。そう形容する他にない怪物が、雄馬と紫藤の前に突如として現れた。雄馬はようやく状況を理解した。敵性能力者に襲撃されているのだ


「雄馬さん!逃げて下さい!それと付近のパトリオットに応援を…うわっ!」


雄馬にそう伝える最中、人狼が紫藤めがけて鋭い爪を振りかざす。紫藤は間一髪でそれを避けるも、すぐさまもう一体の人狼が避けた先の紫藤へと牙を向ける


「このっ!」


紫藤は噛みついてきた人狼の顎を、膝蹴りで打ち抜く。人狼は一瞬怯んだ動きを見せ、紫藤はすかさず追い討ちをかけようとサーベルを構える。しかしその間にもう一体の人狼が後方へ周り素早く紫藤に距離を詰め——


「ぐあっ!」


仲間が斬られるよりも早く、紫藤の背中を激しく切り裂いた。街頭に照らされ、紫藤の背から血飛沫が上がったのが見えた。痛みに一瞬苦悶の表情を浮かべるも、すぐさまサーベルを構えジャンプで後退。冷静に人狼と距離を取る


「クソッ!」


距離を取った紫藤は、二つの光弾を空中に出現させると、人狼の方へ勢いよく射出した。しかしそれは人狼からすれば遅すぎたようで、あっさりと避けられてしまった


「拘束を…マジかよこいつら」


人狼は一斉に紫藤へと襲いかかる。防戦一方の状態。紫藤は襲いかかる人狼の牙と爪をサーベルで捌き、身を守るので精一杯だ。紫藤の額に汗が流れる。二体の人狼は巧みに連携を取り、常にどちらかがフリーの状態を維持している。背中の傷口を塞ぐ余裕がない。どくどくとした血が背中を伝って流れ、隊服がじわりと赤く染まっている


手数で負けている。そう判断した紫藤は再び距離を離し、人狼二体と睨み合う。まずい。このままでは押されていく一方だ。紫藤は息を整え、脳内で打開の策を必死に巡らせた


「紫藤」


紫藤はいつの間にか真横にやってきていた雄馬に驚愕する。その目線は人狼から外さないまま、雄馬に語りかける


「茅場さん…何やってるんですか。早く逃げて下さい」


「俺もやる」


「…奴らかなりの強さです。今の茅場さんが戦ったら、最悪死にます。俺なら時間を稼ぐ事くらいできる。だから逃げて応援を…」


「応援ならもう呼んだ。だから俺も一緒に時間を稼ぐ」


雄馬はそう言って、城内に渡されたレセプターをポケットから取り出した。握りしめると、青白い小さな刀身が現れた


「…分かりました。少しでもどっちかを引きつけて貰えれば、一対一なら多分倒せます。くれぐれも無理はしないで、ヤバいと思ったらそのまま逃げて下さい」


「了解」


雄馬はそういうと、紫藤の背中を切り裂いた方の人狼へと全力で走り出した。人狼は近づいて来る雄馬をじっと見つめている


「オラァ!」


威勢の良い掛け声と共に、雄馬は人狼の首元目掛けレセプターを突き刺した。しかしナイフは空を切る。人狼の姿は既にそこには無かった。避けられたのだ。なんという速さだ。全く目で追えなかった


「こっちか!」


雄馬が直感で左後方へナイフを振ると、僅か数センチの誤差で人狼の喉元の豊かな毛皮だけを掠めていった。驚いた様子の人狼は体勢を崩しつつもカウンターを繰り出すべく、雄馬の喉に狙いを定め、鋭い爪を下から振り上げる


「危なっ」


体重の乗り切っていない、軽い攻撃だった。何とか避ける事ができた雄馬だが、しかし人狼はそのままの勢いで爪を振りかざし、どんどんと間合いを詰めてくる。雄馬は全ての攻撃を間一髪の所で避けていた。全て直感。敵の動きは殆ど見えていない。隊服がどんどん引き裂かれている事に気が付き、雄馬はこのままではまずいと確信する


「(一か八か…やってみるか)」


人狼はなかなか攻撃が当たらない雄馬に躍起になっている。雄馬自身も今はなぜか奇跡的な回避を連発しているが、このままでは確実に殺される。雄馬は人狼の手足に強く意識を向け「閉じろ」と念じた。瞬間、雄馬の視線の先に薄ぼんやりと輝く光の球が現れ、人狼の胴体へと直撃した


「!?」


ドシャア


すると、人狼の両手両足はピッタリと拘束され、勢いよく地面へ転げ落ちた。身動きの取れなくなった怪物は、蠢きながら必死に拘束を解こうと暴れている。だが、どれだけ足掻いても拘束が解ける様子はない。雄馬はホッと息をついた


「ふぅ…見よう見まねで出来るもんだな…紫藤!」


「雄馬さん!こっちもオッケーです!」


どうやら紫藤の方も人狼を拘束できたようだ。一時はどうなる事かと思ったが、何とか2人とも無事に戦いを終えられたようで何よりだ。それよりも…


「こいつらは一体…何でいきなり俺達を襲って来たんですかね。同種って事は、まさか体系者がいるのか…?」


紫藤は不思議そうに考えている


「おいお前ら。誰に言われて来た?」


雄馬は拘束され地面に横たわる人狼の一体に話しかけた


「…知らんな。何のことだ」


話しかけておいて何だが、まともに会話が出来るとは驚きだ。いや、こんな見た目でも能力者である以上はヒトなのだし、当然といえば当然なのだが。雄馬は気を取り直して質問を続ける


「とぼけんな。お前らを雇った奴がいるだろう?そいつは干渉士か?」


「…ッ!お前なぜそれを…」


「バカ!余計な事…」


人狼がボロを出したその時だった


ダアァァン


凄まじい音と共に、雄馬たちの背後に巨大な何かが降ってきた。雄馬と紫藤は即座に振り返る


「おいおいおい。何だお前ら、そのザマは」


そう言って立ち上がったのは、2メートル50センチはあろうかという巨大な人狼。明らかに今の二体とは格が違う。今ここで戦えば、雄馬も紫藤も殺される。そう確信した


「茅場雄馬はともかく、こんな名も知れねぇガキに手こずりやがって…どうしようもねえな全く」


「ボス…こいつら、俺らの雇い主の事を知って…!」


「はぁ?んな訳ねぇだろ。あいつはそんなヘマしねぇよ」


「いやでも、俺ら何も言ってねぇのに『干渉士か?』って聞いてきて…」


「…マジかよ。おい茅場雄馬。お前、俺らの雇い主が誰か、知ってんのか?答えろ」


ボスと呼ばれた人狼はその恐ろしい形相を雄馬の顔へ近づけ、そう聞いた。恐ろしく低い、獣の唸り声のような声が腹の中まで響いてくる。内臓がギュッと縮こまるのを感じる。全身が命の危険を訴えているのだ


「なんで俺が小汚え犬畜生の質問に答えなきゃいけねえんだよ。知りたかったらてめぇで考え——」


ドゴォォン


言い終わるより前に、雄馬はボス人狼の裏拳で顔面を殴り抜かれていた。身体は勢いのまま10メートルほど吹っ飛び、コンクリートの壁に激突して突き抜けた。雄馬は真っ暗な瓦礫の山の中で、自分にまだ命がある事を確認し、衝動的に煽った事を深く反省した


「口の聞き方には気ぃつけろよ英雄。お前が記憶を失って、弱体化してるのは分かってんだ」


「てめぇ…!よくも茅場さんを…ぐあっ!」


応戦すべく紫藤がサーベル型のレセプターを起動しようとした途端。ボス人狼が紫藤の首元に素早く手を伸ばし、片手で掴んだ。そのまま高々と持ち上げられると、紫藤はどんどんと顔が赤くなっていく。人狼は呆れたような声で紫藤へ語りかけた


「ただの干渉士風情が俺に敵うと思うなよ。お前ら、自分達の事を最強の能力者だなんだと謳ってるがな、俺から言わせりゃ…あ?」


ボス人狼が何かに気付いた途端、紫藤の首を絞めていた手を離す。紫藤はそのまま地面へドサリと落ちた


「ゲホッ、ゲホッ…なんだ一体……あ…」


三体の人狼と紫藤は、全員が同じ方向を見つめている。雄馬はなんとか瓦礫の山から這い出し、紫藤の元へ戻ろうとしていた


「何だ…あいつら何を見てるんだ?」


2人の視線の先に目をやる。そこには1人の見知らぬ男が立っていた。男は軽い足取りで紫藤と人狼達の方へ歩いてくると


「あれ、お前雄馬の所のメガネだよな?何してんだ。こんな所で」


と全くもって緊張感にかける第一声を放った。その声を聞いた紫藤とボス人狼は同時に


泥竜雅なずみりゅうが…」


とその男の名を呼んだ。誰だよ

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