第8話 任務

「現時点で被害者は2人。どちらも重症ですが命に別状はありません。能力発動のタイミングが不規則かつ突発的なので、突入する段階で中和を開始して下さい」


現場に向かって移動する隊送車の中では、東によって今回の任務の説明が行われている。雄馬は手元の資料を見る。敵性能力者が使うのは、任意の場所から対象を噛み千切る「口」を出現させる能力…既にそんな事まで判明しているのか


「現場での支離滅裂な言動を見るに、おそらく長期に渡るDWS罹患者です。くれぐれも不規則な行動に翻弄されないようお気をつけ下さい。私からは以上です」


「なあ…DWSって何?」


雄馬は隣の座席に座る紫藤へと問いかけた


「Devils Whisper Syndromeの略です。能力者特有の精神疾患の一種です。この症状に侵され『転化』した能力者は、正常な精神性を失う代わりに、能力が大幅に強化されるんです。パトリオットで対処している敵性能力者全体の8割程はDWSの罹患者です」


「ごめん、転化っていうのも分からないんだけど」


「転化には3種類あります。まずは一次転化。能力を持たない一般の人間が、何らかの要因で能力者として覚醒する現象です。次が二次転化。既に能力者として覚醒済みの者が、自身の能力を強化させる手段です。しかしよほどの実力がなければ安全に二次転化を経る事は難しく、今回の案件のようにDWS罹患に際した代償の伴う二次転化が後を断ちません」


なるほど。そして今回の任務は、そんなDWS罹患者の確保というわけか


「そして最後が完全転化。成功すれば体系者へと至れますが、殆どの場合失敗に終わり、精神や肉体すらも喪失し、異障と化してしまいます」


「人間が異障に…?」


「はい。我々干渉士にはDWSや異障化の心配はありませんが、多くの能力者には常にその危険が存在します」


それも体系者のおかげというわけか。そういった事情から、能力者の中にも、世間に受け入れられている者とそうでない者がいるのだろう。現に異能都市外部における能力者への偏見や差別の目は少なくないと聞く


「流石紫藤。首席で入隊しただけはあるな」


雄馬の質問にスラスラと答えていく紫藤を見て、大柄な隊員の角田がそう言った


「まあな。あ、茅場さんももちろん首席でしたよ。俺はそんな茅場さんに憧れてパトリオット入りしてますから」


「そういや面会の時もそんな事言ってたな。てか実際、俺の知名度ってどのくらいなんだ?」


雄馬は以前から疑問だった事を尋ねてみた。英雄と呼ばれ、日本の平和に貢献したとまで称される雄馬だが、いまいちその実感が湧かないのは、普通に街を歩いていても誰からも指を刺されないからだ。それほどの活躍を残してきたのなら、声くらいかけられてもおかしくなさそうなものだが


「悔しいですが正直…世間一般の知名度は全くと言っていいほどないです」


「え?そうなの?」


「はい。そもそもパトリオット…アンラベル自体がメディアへの露出を嫌っていますし、活動の報道も禁じられてます。うちで世間に顔が割れているのって、せいぜい祇園支部長くらいのものですよ」


そういう事だったのか。道理で普通に大学にも通えるわけだ


「ま、俺なんかは元々アンラベル志望でしたし、茅場さんの追っかけもしてましたから、しっかり認知してましたけどね」


「追っかけって…アイドルじゃねえんだから」


「パトリオットの入隊試験前には、茅場さんの実家に願掛けに行って、お父さんにこっぴどく怒られたっけなぁ…」


紫藤は遠い日の思い出を懐かしむように、しみじみとした表情で呟く。待て、今何と言った


「あー隊長。そいつほぼ隊長のストーカーっすよ。マジきめぇんで気に食わなかったらビシッと言っちゃって下さい」


そう口を挟んできたのは隊室で紫藤と言い合っていた染谷だ


「おい、誰がストーカーだ」


「まだ入隊もしてねぇ時期に、隊長の海外出張にまで着いて行ったバカを、ストーカーと言わずになんて言うんだよ」


「マジかよお前」


「ちょ、茅場さん、引かないで下さいよ!」


「いや引くだろ。そもそも実家に願掛けって何だよ。勝手に人の家をパワースポットにするんじゃねえよ」


「いや、茅場さんが育った家なんですから、何かしらの善いエネルギーが滞留していてもおかしくはないです!現に俺はこうして茅場隊に入隊していますから!」


さっきまで雄馬の質問に的確に答えてくれていた紫藤の株が、自分の中で一気に下落していくのを感じた。真面目で優秀な部下だと思っていたのに、こんな気持ちの悪い欠点があったとは


「みんな。そろそろ現場に着くよ」


城内の一声で、騒がしかった車内は静まり返る。雄馬が不在の間は、彼女が隊員たちをまとめていたのだろう。彼女の方が今の雄馬よりもよっぽど隊長らしい


隊送車が停車し、雄馬を含めた7人は車外へと降りる。到着したのは何の変哲もない閑静な住宅街だ。いや、あまりにも静かすぎる。付近にはコンビニが見えるが、そこすらも人の気配がしない


「人が居ない…?」


「今回の対象は自宅に籠城しています。なので近隣住民には避難を誘導し、付近の道路も封鎖しているんです」


と東。なるほど、既に戦闘の準備は整っているという訳か


「じゃあ行きましょう。みんな、レセプターは持ったね。隊長にはこれを。もしもの事があったら身を守って下さい」


そう言って城内はナイフの柄の様な物を渡してきた。刃の部分がないが、これでどうやって身を守るのだろうか


「手元に少し意識を集中させてみて下さい」


不思議そうにレセプターを眺める雄馬に、城内が扱い方を伝える。ほんの少し柄を眺めていると、ブゥン…という音と共に青白い光で形成された刀身が現れた


「これは…」


「ふふ、びっくりしました?動力は全て拡張意識なんです。だからこうして動いてくれるんです」


と言って城内が笑う。なるほど。恐怖の大王の『兵器』判定を逃れ、正常に動作するのはその為か。これが実がこぼしていた例外という奴なのだろう。それにしても


「初めての武器がこいつか…」


雄馬の手で青白く光るレセプターは、記憶の中でまさに雄馬をメッタ刺しにしたあのナイフだった。何とも複雑な気持ちを抱きながら、雄馬は刀身を閉じた


他の隊員達もレセプターの動作確認を終えた様で、茅場隊一行はついに敵性能力者が籠城しているという一軒家へと突入した。玄関に入ると同時に


「(目標は2階の奥の部屋に居ます。私達の存在に気づいているようなので、部屋に入り次第即拘束しましょう)」


という声がどこからともなく聞こえて来た。テレパシーというやつか。突然の出来事に驚いたが、恐らくこれも干渉士の能力の一つなのだろう。雄馬は気を取り直して仲間の後ろに着き、ゆっくりと歩き出した


7人で2階にゆっくりと上がり、敵性能力者がいるという部屋の前まで辿り着いた。全員に緊張が走る


角田と染谷がドアの前に立つと、城内が指で3…2…とカウントダウンを始める。鼓動が速くなるのを感じる


城内が指で1を作ったと同時に、角田と染谷が凄まじい勢いでドアを蹴破った。轟音と共にドアは木端微塵になり、その破片が部屋の中へと降り注いだ。すぐさま2人は部屋に入る。次の瞬間だった


「なっ!」


突然床が裂けたように開き、巨大な口が現れた。2人目掛けて鋭利な牙を向けるが、しかし角田と染谷は、まるで予測していたように左右に避け、巨大な口は何もない空間で歯を打ち鳴らした


「紫藤!」


避けた先で染谷が叫ぶ。既に部屋の入り口に立っていた紫藤は「もう掴んでる」と言った


「クソッ!何だこれ!離せ!」


知らない男の叫び声が聞こえ、恐る恐る部屋の中を覗き込む。部屋の隅には両手両足をピッタリとくっつけた状態でバタバタと暴れる男の姿があった。こいつが敵性能力者か


「よし。これでひとまず…うおっ!」


紫藤が一息ついた瞬間、今度は壁と扉の隙間が裂け、紫藤に噛み付いた。思いっきり腕を噛まれている


「いたたたた!離せ馬鹿!」


「何やってんだお前」


紫藤は鋭い牙に噛みつかれながらも、特に負傷している様子はない。その光景をみて呆れた様子で染谷がぼやいた


「ちょっと、早く意識を…わっ」


城内が部屋に入ると、次はフローリングの溝が裂け、城内の足へと噛みつこうとした。城内は軽々とそれを避け、巨大な口を蹴りつけた


「今、眠らせました」


そう言うのは角田。暴れる男の頭部に触れて何かをしたようで、見ると男はいつの間にか気絶したように眠っている


「よし、運ぶか」


男は誰かの拡張意識で空中に持ち上げられ、ゆっくりと部屋を出て、階段を降り、そのまま家の外へと運び出された


「えっ、もう終わったの?」


あまりにもあっという間の出来事で、雄馬は終始呆然としてしまった。任務とはこんなにも呆気なく終わるものなのか


「今日は簡単な任務でしたからね。隊長も含め、最近動けてない隊員も居ましたし、リハビリも兼ねて全員で出動したんです。本来なら2人いれば十分な任務でしたから」


とはいえこんなにもあっさり片付いてしまうとは予想外だった。干渉士と他の能力者でここまで実力差があるという事実にも驚いた。紫藤なんか、攻撃を受けても特にダメージを受ける様子もなかったし


「このレセプターも使わなかったな…」


「まあ、基本的には使わないですね。拘束の効かない相手とか、よっぽどタフな能力者が相手じゃない限りは戒式だけで足りますから」


「カイシキ…って何?」


雄馬の疑問に、紫藤が嬉々として答える


「茅場さん、戒式っていうのは、一定以上の再現性と実用性が認められた干渉行為の事です。今回だと俺の拘束とか、角田の催眠とかがそうです」


「私のテレパシーもね」


そう付け加えたのは笹倉だ。突入の時に聞こえた声は彼女の物だったのか


「あ、そうだった。で、戒式を用いる事のメリットですが、再現性が高く発動までの時間が短い事と、脳への疲労が少ない事が挙げられます」


雄馬のいまいちピンときていない表情を察したのか、染谷が説明を補足した


「あー。パソコンのショートカットキーみたいなもんだと思って下さい。通常の拡張意識操作でも大体同じ効果が得られるんですが、戒式を通す分手間と失敗のリスクが減って、あと時短ができます」


「なるほどな。ありがとう染谷」


雄馬はショートカットキーが何の事なのかは分からなかったが、戒式の有用性についてはなんとか理解する事ができた


「…っす」


それにしても染谷は不良っぽい見た目なのにパソコンとかやるのか。結構意外だなと雄馬は思った


「じゃあ今日はこれで終わるけど…事務局に戻る人はいる?」


と城内が全員に尋ねる。敵性能力者は雄馬達が乗って来た隊送車の隣の護送車のような車に無事乗せられ、いよいよ任務が完了したらしい


「茅場さんはどうします?」


「あー…飯でも食いに行こうかと思うんだけど、どうだ紫藤」


「お供します!」


「じゃあ私は敵性能力者の護送に付き添うから、各々解散ね。あ、隊長!そのレセプターは隊長の私物なので、持って帰っちゃって良いですからね」


「了解。みんなありがとうな」


「お疲れ様でーす」


こうして雄馬は初任務を終え、茅場隊は現地解散となった。と言っても雄馬は本当に見ていただけなのだが。雄馬は紫藤と駅前のらー麺大森に向かって歩き出した


「なあ紫藤、さっき噛み付かれてたよな。痛くなかったのか?」


「めっちゃ痛かったです。血ぃ出るかと思いました」


そのレベルで済むのだから驚きだ。あのナイフの様な鋭利な牙で噛まれて無事なのだから、干渉士の耐久力は相当なものだろう


「それにしてもあの能力、任意の場所から口を出現させるって聞いてましたけど、空中とかには出せなかったみたいですね。思ったより弱くて助かりましたよ」


「あー、隙間だろ?」


「えっ?」


「いや、ドアとかフローリングの隙間が開いて口になってただろ?だから隙間のない場所には口を出せないんじゃないか?」


「…そうなんですか?」


「いや、分かんないけど。見た感じだと多分」


「俺全然気付かなかったです…流石は茅場さん…」


「まあ戦ってる最中だと気が付かないよなそういうの」


「いえ、茅場さんだから敵の能力の詳細に気付けたんですよ!やっぱり今までの激しい戦いで培った鋭敏な感覚が、身体に染み付いているんですかね…!」


「そうなのかな…」


そもそも今回、紫藤は敵の攻撃を受けてもてんで効いていなかったし、些細な事にまで視野を向ける必要がなかったのだろう。それに対して雄馬は室外に居たのに、いつあの口が自分の方に牙を向けるかとずっとヒヤヒヤしていた。単純に攻撃に対する意識の差だと思う


そんな事を話しながら歩く事1時間。タクシーでも拾えばよかったと後悔しながら、雄馬と紫藤はらー麺大森へと到着した

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