第6話 決裂

雄馬は実に案内されるまま、情報棟の18階まで登った。エレベーターを降りると、目の前に20メートルほどの長い廊下が見える。実はその廊下をどんどん進んでいくので、雄馬もその後を追う


廊下のエレベーターからみて正面。廊下の一番奥で、ようやく実は立ち止まった。どうやらここが実の部屋らしい。大学に自分の部屋があるというのもよくわからないが


「ようこそ。僕の部屋へ。まあ適当にくつろいでくれたまえ」


扉を開けた先には、40畳ほどの洋風の部屋があった。どの家具も高級そうで、いわゆるアンティークというやつだろうか。歴史博物館にでも来た様な感覚になる。何よりテーブルと椅子を背にした壁に張られた、巨大な窓ガラス。そこから見える景色は天曽根を一望できるほどの絶景だった


「フッ、なかなかのものだろう。僕もここからの景色は気に入っているんだ」


雄馬が窓の景色に夢中になっている事に気が付いた実は、嬉しそうに自慢した。確かにすごい。しかし、やはりどうしてもひとつの疑問が残る


「すごいけど…なんでこんな部屋を持ってるんだよ。お前ただの学生だろ?」


雄馬がそういうと、実はやれやれと言った表情でため息をつく


「僕が郡山財閥の総裁だって、前に話しただろう?自分が通う大学での学生生活を充実させる為なら、多少の出費くらいは厭わないのさ」


「賄賂かよ」


「失礼な。ほんの少し資金援助をしたまでだ」


実は悪びれる様子もなく言い切った。というか、天曽根大学はアンラベルが運営しているはずなのだが。私立大学ならともかく、国が関わっている大学に賄賂を送るとは、なんと肝の据わった男だろうか


「まあ、そんな話は良くてだな」


実は強引に話を切り上げた。雄馬もこれ以上追求するのは怖いので、ツッコまないようにする


「今日は君にひとつ、聞いて欲しい話がある」


実は急に真面目なトーンで語り出した


「君は現在、この日本がどんな状況に陥っているか、知っているか?」


「日本が…?いや特には…あっ」


「思い出したか。そうだ。この国は先日まさに、君という英雄を失いかけた」


そういえばそうだった。自分のことなのに、あまりに実感がなさすぎて忘れていたが、雄馬は国内でも有数の実力を持つ干渉士だったのだ


「アンラベルは当初この情報を秘匿しようとしたが、君が病院に搬送された頃には既に世界各国の支部に情報が渡ってしまっていた」


そんな段階で知られていたのか。何という情報伝達の速さだ


「故にそのまま情報統制を諦めていたのだが、その後さらに君が記憶を失っているという事実が発覚した。油断していたアンラベルは愚かにもその情報を押さえ切る事が出来ず、世界中とは言わないまでも、恐らく各国の支部長クラスであれば耳に入っている」


雄馬が呑気に暮らしている裏でそんな事が起きていたとは。それほどまでに雄馬の安否は重大な情報なのだろう


「そしてこれは極秘情報なのだが、つい数時間前、アンラベルのアメリカ支部が陥落した」


「えっ?」


雄馬は耳を疑った。いきなり話が飛びすぎてはいないだろうか


「恐らく君が記憶を失ったという情報を聞きつけたアメリカの敵性能力者の集団が暴動を起こし、アンラベルを壊滅させるに至ったのだろう」


「いや待てよ。仮にその話が本当だとして、そんな極秘情報を何でお前が知っているんだ」


「アンラベルには君以外にも何人か友人が居るんだ。ビジネスライクなね」


この男、まさかアンラベルとも繋がっていたとは。通りで大学にこんな自室を作れる訳だ


「しかも厄介な事に、その集団というのには『体系者』がいる」


また出た、体系者。城内も言っていたが、干渉士は体系者がいるから暴走しないとかいう話だったはずだ。体系者がいても思いっきり暴走しているじゃないか


「その、体系者ってのは何なんだ?」


「異能の力をこの世界において体系化させた者…つまり、理として成立させた者だな」


そう言われても全くピンとこない。コトワリって何だ。雄馬のポカンとした顔に気が付いた実は、頭を掻きながら再度説明する


「そもそも異能力というのは、高次元世界の法則を、無理やり三次元世界へ持ち込む事で起きる現象だ。もちろん、なんでそんな事ができる人間が生まれるのかは分からん」


「ふむふむ」


「多くの能力者…非体系の能力者が用いる力は、とにかく『不安定』なんだ。能力者当人の精神や体調によって能力の強度、性質、効果がかなり変動する。ある日突然能力が使えなくなる、なんて事例もある。その不安定さは、高次元の法則を無理やり持ち込んでいるからこそ起こる」


「…ふむ」


「だがな、体系者とその力を受け取った配下は違う。能力の振れ幅が限りなく少なく、とにかく安定している。その理由は、非体系と違い、能力そのものを世界の理として組み込む事に成功したからだ。三次元世界に存在しない高次の力を、どうやったか知らんがこの世界に落とし込む事が出来た者。世界に赦された者。それが体系者なんだよ。だからこそ、他者に能力を分け与える事も出来る訳だ」


「なるほど。つまり体系者の方がヤバいって事だな?」


「まあ非体系には非体系なりのヤバさがあるんだが…それはこの際良いとして、概ねその認識で間違いない」


異能力…どんな原理でそんなデタラメな物が存在していたのかと疑問に思ってはいたが、なるほど。彼らが扱う力は高次元から来ていたのか。ならば納得。とは全くならないが、今まで不鮮明だった異能力全般へのおおまかなイメージがようやく少し沸いてきた


「話を戻すぞ。その襲われたアメリカ支部からの情報なんだが、どうも現場からは夥しい数の『弾痕』と『火薬』が発見されているらしい」


なるほど。能力者といえど、銃撃されればひとたまりもないという訳か。…待てよ。確か前に実に病院で聞いた話では


「いやでも、前聞いた話では干渉士が武装した兵隊に負ける事はまずないって言ってなかったか?」


「…ああ、僕もそう思っていた」


「一体どういう事なんだよ」


「そもそもあれは無意味な仮定だったんだ」


「えっ?」


「現在、世界中のあらゆる兵器は正常に動作しない」


「それは… なんで…」


「恐怖の大王だ。奴が現れた時、自分に歯向かう人間から攻撃手段を奪う為、あらゆる兵器が動作しないようにしたんだ」


「あらゆるって…でも新しく作ったりしたら…」


「まあ、例外がない事もないが…基本的にはどれだけ仕組みを変えようと『兵器』と認識された物は全て動作しない」


「そもそも、正常に動作しないって、どういう事なんだよ」


「確率を下げられたんだ」


「確率?」


「仮に銃だとしたら、弾丸を込めて、引き金を引いた時、その銃から正常に弾丸が射出される確率。学会の発表ではどれだけ最新の注意を払っても、0.02%が頭打ちだった。そんな確率でしか動かない武器は、もはや武器じゃない。だからそもそも、能力者と武装した兵士の戦闘は、今まで想定されていなかったし、する必要もなかったんだ」


衝撃的な事実だった。この世界では、兵器がまともに動作しないのだという。しかしそんな事が可能な恐怖の大王とは、一体何者なのだろうか


「そんな、本来扱える筈のない銃火器が、今回アメリカ支部への襲撃で用いられた。弾痕から見て、間違いなく20世紀に使われていたサブマシンガンの一種だと断定された」


「…武器が使える様になったのか?」


「…まだ分からない。僕も確信を得る為、急いで銃を取り寄せているのだが、何せ殆ど残っていなくてな…」


「そうか…」


「…雄馬」


「何だ?」


「ここからは僕の個人的なお願いになるんだが」


「おう」


「単刀直入に言おう。アンラベルを辞めて、僕と一緒に世界征服を手伝ってくれ」


「は?」


雄馬は耳を疑った。この男はいきなり何を言い出すのだろうか。というか、今までの話と何の関係があるというんだ


「さっきの説明でも分かる通り、この世界は今かなり危うい。アンラベルという統治はあれど、もはや各国の信頼と期待は、それぞれの地域で発展していった独自の体系者に集まっている」


実のいつになく真剣な表情を見て、雄馬は黙って彼の話を聞く事にした


「兵器が失われた代わりに異能力者が軍事力と同様に恐れられる中、多くの国は自国に設置されたアンラベルを煙たがり、いかにして自国の体系者によって出し抜くかといった一触即発の状況に置かれている。現にああしてアメリカ支部は陥落した」


「加えてアンラベルの活動は、いかにも自治と保安が目的かのように謳っているが、その実態は研究を最重要目的とした、大規模な実験施設に近い。ここ天曽根などはまさにその最たる例だ。そんな運営体制も相まって、アンラベルはもはや世界を繋ぐ架け橋ではなく、各国の緊張とフラストレーションを高める仮想敵としての側面が強い」


「恐怖の大王の手によって世界の勢力図が書き換えられて約10年。現在日本は異能先進国としてトップレベルの軍事力を有し、他国への発言力も異能革命以前とは比べ物にならない。そんな中で特に大きいのは君の存在だ。君という英雄がいたからこそ日本の平和は保たれ、心に余裕を得たからこそ、強く聡い若者達が数多く育っている」


「そんな君が、イカれた科学者気取りの奴らに従い、アンラベルの枠組みに収まる事が、昔から僕には耐えられなかった。僕は今、数年かけて個人的に強力な異能力者を集めている。現時点でも天曽根支部のパトリオットと引けを取らない総戦力を有していると自負できる。そこに君の力と僕の頭脳が加われば、アンラベルなどに依らずとも日本、いや世界を真の平和と発展に導ける」


「雄馬。どうか僕の夢に、手を貸してくれ」


深々と頭を下げる実。雄馬はふぅとため息をつき、一言だけ言い放った


「無理だ」


「…ッ!何故だ!」


実は理解できないといった表情で狼狽する。だが雄馬には、実に協力できない明確な理由がある


「俺はアンラベルに戻らなきゃいけないからだ」


「何のために!アンラベルに戻らずとも、君の力があれば十分に…!」


「なあ実。お前、俺が記憶を失う以前にもこの話を持ち掛けた事あるだろ」


「…なっ!」


「やっぱりか。その時の俺はなんて言った?アンラベルを辞めるって言ったか?」


「それは…」


「そんな事だろうと思ったよ。正直俺個人としては、別にアンラベルに拘りもないし、お前と一緒に世界征服するのも楽しそうだし悪くないかなって思ったよ」


「ならば、何故!」


「茅場雄馬がそうしなかったからだ」


「なっ…君には主体性という物がないのか!?」


「いや、茅場雄馬は俺だからな。今軽い気持ちでアンラベルを辞めたとして、もしもこれから記憶が戻った時に、後悔するのはこの俺自身だ。多分俺にも俺なりの考えがあって残る事を決めてたんだろ。知らんけど」


「くっ…」


「それにな」


「…」


正直雄馬は、これからする話を実にするつもりは無かった。しかし、ここまで腹を割って話して雄馬を勧誘してくれた実に対し、隠し事をしたまま断るのは不誠実な気がしたのだ


「俺を襲った奴は、アンラベルにいる」


「なんだと…?」


「俺はそいつを殺さなきゃいけないからな。どっちみちお前の夢には協力できない」


「雄馬…お前…」


実は、得体の知れない物を見るような目で雄馬を見ている


「一体何を言っているんだ…?」


「何って、殺される前に殺すんだよ。そいつがいつまた俺を襲ってくるか分からないからな」


「だとしたらアンラベルに戻る方が危険だろうが!君が油断している時に襲う瞬間などいくらでもあるぞ!」


「ないよ」


「は…?」


「俺はもう絶対に油断しない。いや、できない。俺を殺そうとした奴を殺すまでは、一瞬たりとも真に心が安らぐ事はない。俺の安心の為にも、アンラベルへの復帰は絶対なんだ」


「…」


実は俯きながら、しばらく何かを考えていた。ふと雄馬の方を向き、何か憑き物が取れたようなスッキリした顔で


「…そうか」


と呟いた


「君はどうやら、僕の知っている茅場雄馬ではなくなってしまったみたいだな」


そういうと、どこか寂しそうに笑った

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