第2話 友人

「失礼する」


祇園ら異能管理局との面会が終わり数十分後。丁寧に病室のドアがノックされ、なにやら気品の高そうなスーツに身を纏った男が入室してきた


「久しいな、雄馬。僕の事は覚えているかな?」


祇園と同じく、雄馬が記憶喪失だと知っていながら念のため確認するタイプか


「いや、知らないな。誰だあんた」


雄馬がそう尋ねると、男はブロンドの前髪をサッとなで、得意げに話し出した


「フッ、記憶喪失というのはどうやら本当のようだな。いいだろう、よくぞ聞いてくれた。僕こそはかの有名な郡山財閥の現総裁にして、IQ200の天才。そして君の唯一の親友である郡山実こおりやまみのるだ!」


随分と丁寧に自己紹介をしてくれたものだ。それにしてもこんなのと親友だったとは。以前の自分はあまり友人を選ぶ性格じゃなかったのかも知れない


「そ、そうか。なんか凄そうな肩書きだな」


「いやはや大した事はない。我が郡山財閥など精々国内最大規模の企業複合体というくらいのものだし、頭脳も史上最年少で賢人会に入会できる程度のものさ」


この男は一を聞かれると十で答える事しかできないのだろうか。聞いてもいない情報をペラペラと喋られても、全く脳が処理しきれない。が、とにかく凄いらしいという事は分かった


「あー…とりあえず面会に来てくれてありがとう。親友って言ってたけど、俺と郡山はどのくらいの仲なんだ?」


雄馬は記憶を失う以前の自身の人物像を未だ掴みかねていたので、親友を名乗るこの男に根掘り葉掘り聞いてみる事にした。彼なら聞いていないことでも話してくれるだろうし、情報収集の相手にはもってこいだ


「実でいい。以前の君はそう呼んでいたからな。僕たちの付き合いは10年程になるかな」


「へー。どうやって仲良くなったんだ?」


「覚えていない」


「え?」


「全く覚えていない。君と一緒に遊んだ時の事は全て記憶しているのだが、一番最初に君と会話をした時の事だけはなぜか思い出せない。記憶力には自信のある方なのだがな」


まあ、付き合いの長い友人との思い出なんてそんなものだろう。記憶力に自信があるとはいえ、特に幼少の頃の友人なんて、ほんの些細なきっかけで仲良くなる事も多いだろうし、そこまで不思議でもない


「そうか…じゃあ実から見て、俺はどんな人間だった?主に性格とか」


「そうだな、君は筋金入りのお人好しだったな。困っている人を放って置けず、頼まれたら断れず、いつも誰かのために自分が傷つき苦しんでいるような、そんな男だったよ」


何というかそれは


「ずいぶん損な性格だな」


「君のことだぞ」


とは言われても、正直今の雄馬はそこまで他人の為に行動しようとは思えなかった


過去の雄馬はそれまでの人生の様々な経験の蓄積によって、お人好しな性格が形成された訳で、それらの記憶がまるっきり失われた今の雄馬が、同じような感性で生きていくのは土台無理な話だ


「異能管理局に入ったのも、そんな性格が転じてか…」


「む、もうアンラベルの奴らとは会っていたのか」


アンラベル。祇園も去り際に言っていたが、おそらくそれが異能管理局の通称か何かだろう。国際組織だと言っていたし、世間ではアンラベルという呼称の方が一般的なのかも知れない。確かに一々異能管理局と呼んでいたら、長ったらしいしな


「まあな。ちなみにアンラベルでの俺の仕事っぷりはどんなもんだったんだ?友人のお前になら何かしら話していただろ」


「英雄と呼ばれていたな」


「え?」


「君は国内でも最強クラスの能力者だったからな。日常的に日本各地を飛び回っていたよ。敵性能力者の確保件数、異障の無力化件数、どちらも最多記録保持者だと聞いている。今の日本の平和があるのは、半分くらい君の功績と言ってもいいんじゃないか?」


自分が国内最強クラス…にわかには信じがたい話だが、実の顔は真剣そのものだ


「そんな俺が記憶喪失って…もしかして日本、結構ヤバいんじゃないか?」


と、冗談混じりに言ってみる


「まあ、ヤバいだろうな。君の存在は比喩なしで敵性能力者への抑止力だったからな。もし仮に君が記憶喪失の影響で以前のような力を振るえなくなり、さらにそれが露見するような事になれば、それを機に動き出す異能組織も少なくないだろう」


「マジかよ」


「だが安心しろ。君の活躍もあり、今では異障の年間発生件数も一時期と比べれば10分の1以下に落ち着いているし、他にも優秀なパトリオット隊員は数多くいる。すぐに戦争という事にはなるまいさ」


「戦争て…俺いまいちよくわかんないんだけど、異能力者ってどんな力を持ってるんだ?空飛んでるのは見たけど、いわゆる超能力的なものが使えるって認識で合ってる?」


「概ねその認識で間違いない。具体的には拡張意識かくいょういしきと呼ばれる念動力を扱い、手を触れずに物を動かしたり、五感を広げたりできる」


「なるほどな…実際戦争が起きたとして、武装した兵隊と能力者はどっちが強いんだ?」


「あまり意味のない質問だが、おそらく能力者が圧倒するだろうな。特に君たちパトリオットはその全員が『干渉士かんしょうし』と呼ばれる同一の能力体系を持つ者達で構成されているが、干渉士自体が能力者の中でも上澄みの戦闘能力を有しているからな」


その干渉士の中でも英雄と呼ばれるほどの力を持っていた雄馬。全く実感が湧かないが、一体どれほどの強さだったのだろうか


「なあ、その拡張意識とかいうやつ、今ここで使えるのか?」


「ん?いや君次第だと思うが。試してみたらどうだ?そこのコップでも動かしてみたまえよ」


祇園は病室で使って看護師に怒られたくないとか言っていた気がするが、ちょっと物を動かすくらいならバレやしないだろう。それにそんな超能力のような力が自分に宿っているというなら、すぐに試してみたくなるのが男子というものだ


「くっ…」


雄馬はベッド脇のテーブルの上に置いてある、空のコップを睨みつけ強く念じた。動け、動け


しかしコップはピクリとも動かない


「全然動かないんだけど…うおわっ!」


コップから意識を外した途端、視界がぐにゃりと曲がる感覚がした。次の瞬間、病室内にあるあらゆる物が無重力空間に放り出されたように浮かび始めた


ベッドも、テーブルも、テレビも浮いている。カーテンもゆらゆらとはためき、雄馬自身の身体も空中に浮いている。それだけではない。脳内に夥しい量の情報が入り込んでくる。部屋の広さ、壁の材質、床の汚れ。ベッドの形状、硬さ、シーツの柔らかさ…それらが自分の手に取るように感じられる


「馬鹿!何してる!早く飽和ほうわ状態を解け!」


身体が飛んで行かないようにカーテンレールにしがみつきながら、実がそう叫んだ。飽和状態って何だ


「ど、どうしたら良い!?」


「何かに意識を集中させるんだ!」


「わかった!」


雄馬は先ほど動かそうとしていたコップを探す。テーブルのあった方を見るも既にそこにはテーブルすら無い。だが、部屋のどこかにコップの気配がする。天井だ。コップは天井まで浮かび、クルクルと回転していた。それを睨みつけ、「止まれ!」と叫んだ


コンッと紙コップが床に落ちる乾いた音がした。次の瞬間


ガシャガシャーン


浮いていた物が一気に落下し、部屋にはものすごい轟音が響いた。ベッドは真横に倒れ、テレビは完全に割れている。絶対に怒られるな、と思った


「はぁ…はぁ…やってくれたな、君」


実は倒れた椅子を立て、崩れた前髪を整えながら腰掛けた


「ご、ごめん」


雄馬はベッドが横になってしまったので、地べたに座った


「謝罪なら看護師にするんだな」


「な、なあ。今のって、何でああなっちゃったんだ?」


「君、最初コップに意識を集中させていただろう」


「うん」


「それを中途半端な所で辞めたから、拡張意識が飽和状態に切り替わったんだよ」


「…その、飽和状態って何?」


「あー。拡張意識には主に三つの状態がある」


実は仕方ないといった顔をして、説明を始めた


「一つ目は活性状態。物を動かしたり、破壊したりといわゆる念動力として扱う、物理的エネルギーが生じている状態だ。拡張意識といえば、一般的にこの状態が最もポピュラーだな」


「二つ目めが中和状態。物理的なエネルギーを生まず、五感のみを広げて周囲の状況を察知、把握できる状態。得手不得手が激しいが、これができるのとできないのとでは戦闘における情報量の差が段違い故、任務成功率が大きく変わってくる」


「そして最後が今の飽和状態。干渉士が全力で戦う際に、拡張意識の出力制限を解除する為の状態だ。活性と中和の入り乱れた拡張意識が垂れ流しになる為、周囲への被害を鑑みた上で、問題ないような状況でのみ使う」


「そ、それを先に言ってくれれば…」


「馬鹿。まさかいきなり戦闘モードに入る奴がいると思うか。それに飽和状態はそう簡単にできる物じゃない。記憶喪失の君が一発目で発動するとは思わないじゃないか」


「…って事は俺は才能あるのか?」


「何を嬉しそうにしているんだ!」


「というか実、お前やけに干渉士とか拡張意識について詳しいな?お前はパトリオットじゃないんだろ?」


「ふん。昔、能力者を育成する組織に属していたからな。君と出会ったのも、その組織が運営する小学校で…」


「ちょっと!何事ですか!きゃーっ!」


実と呑気に会話をしていると、轟音を聞きつけてやってきた看護師が変わり果てた病室を見て悲鳴を上げた




その後は実共々、看護師及び後からやってきた医者に説教された。記憶喪失だから仕方ないとはいえ、公共の場で能力を使うのは完全に法律違反だという。アンラベルに賠償請求が行くかどうかという話が出たあたりで、実が医者に何かを渡し、何とかその場は丸く治った


「散々な目に遭った」


と雄馬


「誰のせいだと思っている」


と実


「ふふっ…」


「何がおかしい」


「いやなんか、昔にもこんな事あった気がして。お前と一緒に悪ふざけして、先生か誰かに説教食らって、みたいな」


「そんな記憶ないな。君も僕も優等生だったから、叱責されるような事はしなかったぞ」


「あ、そ…」


「とりあえず、今日はこの辺で帰らせてもらう…そうだ雄馬、退院したら大学にも顔を見せろよ。君の立場はパトリオットである以前に学生なのだからな」


「えっ?」


「聞かされていなかったのか?君は僕と同じく天曽根大学の2回生だぞ」


「あ、そうなの?」


てっきりアンラベル一筋だと思っていた。というか茅場雄馬。学生をやりながら日本中を飛び回っていたのか。それで英雄と呼ばれるほどの活躍を残しているのだから、とても同じ人間とは思えない。同じ人間なのだが


「まあ、今日はありがとな。色々話が聞けて助かったよ」


「フッ、僕も久しぶりに君と話せて楽しかった。だがもうあんな目に遭うのはごめんだ。次会う時までに、拡張意識の制御くらいは覚えておいてくれ」


と言って実は帰って行った


郡山実。最初はいけすかない嫌な奴かと思ったが、話してみれば案外気さくで良い奴だった。何より記憶喪失の自分に臆さず、変に気を遣わずにいてくれた事は雄馬としても気が楽だった


大学か。アンラベルでの活動を学業と両立させるのは、現在の雄馬に果たして可能なのかと甚だ疑問ではあるが、以前出来ていたなら絶対に不可能という事もないだろう。と気楽に考えることにした

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