第2話 違う神
「おいおい、帰っちゃうのか?ほんと無駄がなくてご立派なもんだな。至高神の右腕様。」
その神は、建物と建物の間、路地裏のような場所で座り込んでいた。とても赤いくラフな格好をしていて、私のことを睨みつけるかのように見つめていた。…直視して分析しても、なんの神なのかわからない。こんなことは初めてだ。私は、目の前の神を見つめ続けることしかできなかった。
「…
…こいつは、何を考えているのだろうか。帰ろうとしたところを引き止めたのはこの神だ。それなのに帰ってもいいなんて、訳がわからない。なにか理由があって話しかけたのではないのか。流石にこんな特殊すぎる神をここにおいて変えるわけも行かず、私はじっと変な神を見続けてしまった。だって、こんなにわけがわからない存在、初めて見たのだから。
「えっと…すまん。困らせちまったか?すごいこっちを不審そうな目で見るじゃねぇか。てか、そんな目で見なくても、至高神の右腕であるお前なら、水神アリアなら、俺がどんなやつかくらいわかるんじゃないのか?」
そんなこと言われても…。私だって、なぜこの神のことがわからないのかわからないのだ。確かに私がわからないなんて、それこそ意味不明なのかも知れないが。このままだと埒が明かなそうだ。とりあえず、この神の情報をすこしでも得なければ。
『わからない。あなたは特殊すぎる。自己紹介をしてほしい。』
普段通り、この神に
「うお…俺、テレパシー苦手何だよな。頭から声が響いてくるような感じがして。俺にはなんでそんな疲れるし力を無駄に消費しそうなテレパシーを日常的に使うのか、理解できないわ。」
…本当にこの神は、私と同族の神なのだろうか。私の眼に間違いが無いと分かってはいても、思わず疑わざるを得ない。こんな不完全な神を、至高神様が本当に生み出したのかも、疑問に思う。というか、今更だがなんでこんなところに神がいるのだろう。力の残り方を見ても、ずいぶんと長い間ここにいると見える。役目はちゃんとこなしているのだろうか。至高神様に注意されないのだろうか。こんなところにいる理由があるのだろうか。気になることがどんどん増えていく。そんな事を考えていると、この神は口を開いた。
「…あ〜そうだ、自己紹介だっけか?じゃあ、驚くなよ?俺の名前はエニー。んで…」
驚く…?よくわからないが、そんな意外なことがあるのだろうか…。
「俺は、怒りを司る神だ。神で唯一、感情を司るな。」
…。怒り…?私は、少し戸惑ってしまった。怒り、というのは感情だったはず…。つまり、穢れを司る神だということだ。そして、エニーといったか。この神は、至高神様の嫌いなものを司っているということになる。穢れを司った神、なんて、至高神様が許すはずがない。自身の判断で生み出すはずがない。なのに、なぜエニーは至高神様に消されることもなく、役目も言い渡されてない様子でここにいるんだ。私の疑問は、一気に広がる。この短時間に起きた出来事を、まだ私のソウルストーンが受け入れられてないようだ。そこで初めて、私はエニーから眼をそらした。すると、エニーは思い出したかのように口を開いた。
「そうだ、お前…。いや、アリア。さっき見てたぜ、妖精たちにネックレスあげてたの。なんであげたんだよ。別にマナが溢れ出てたネックレスを直せば、それで良かったろ。」
なんでかな。私は、ついさっきのことを思い出した。与えられた役目をこなす。私は、至高神様に言われたことを解決できれば、それでよかった。さっきの妖精達の力の乱れは、この天界の空気の中に、本来ないはずの、至高神様の管理する世界のマナが、あのネックレスから出ていたせいで起こった。妖精の力は純粋なマナ。精霊と違って、力に繊細なのだ。それぞれ違う純粋な力が、妖精たちの体に入ってしまったから起こってしまった乱れ。あの一つのネックレスさえどうにかできれば解決できた。でも、私は、あの場にいた妖精全員に、先端の飾りだけを変えて、それぞれに分け与えた。今考えると、なぜそんなことをしたのかがわからない。なんとなく…だろうか。
「…まあ、答えられないのも無理ないわな。お前はほぼずっと上界にいたんだし。…でも、今の反応で確信した。お前は持ってるよ。アリア以外の神に会ってたら、今頃至高神に、俺達神の命であるソウルストーン砕かれてただろうしな。」
そう言い、目を細めて口角を上げる。持っているとは何なのだろう。やはり、エニーの言うことはわからない。でも、不思議と話を聞いていて、無駄な時間だと感じることはなかった。…エニーが行った通り、今思ってみれば確かに、エニーを至高神様に報告しようと思うことがなかった。穢れを持つ神など、至高神様が知ったら、即座に存在を壊しに動くだろう。だから、本来は報告するのが私の役目の一つでもある。でも、なんでだろう。そう考えた今でも、報告して、こいつの存在を壊してほしいとは思わない。
「あれ、そいえばアリアのソウルストーンって、アクアマリンがトパーズに囲まれてる感じなんだな。しかもハート型って、お前によく似合ってんじゃん。雫型のアクアマリンもいい味出してるな。」
なぜか、急に褒められた。エニーが口を開く前、視られている感覚を感じたが、その気配の正体はエニーだったようだ。内部を見れるという点は、エニーがれっきとした神であることを再認識させる。しかし、神の生命の核であるソウルストーンを視て、形を褒めるなんてする神はエニーだけだろう。通常の神ならば、きれいだと感じる心なんて、存在し無いのだから。その後もエニーは、おすすめの場所だったり、自分のことだったり、神以外の種族の友達の話をしたりと、永遠と喋り続けた。この様子から、エニーはずっと一人でここで過ごしていたんだと分かった。私にはわからないが、多分、安心して話せる相手が来てくれて嬉しいのだろう。そして、エニーに座るよう催促され少し悩んだが、別に私も、神殿に戻らないといけない用はないし、話を聞いてあげながら世界の様子を見て、管理することもできる。だから、エニーの傍に座って話を聞いてあげることにした。
人間たちの時間間隔だと、1日ほどたっただろうか。エニーは話し始めてからずっと、口角を上げて、目を細めた顔をしながら、明るい声で話し続けた。そんなに、他人と話せることが喜ばしいことなのだろうか。…まあ、力を乱すようなことがなければ、理由を知る必要もないのだが。流石にそんなに話せばエニーも満足したようで、ずっと動かし続けていた口を落ち着かせた。
「はぁ〜、なんかずっと話しちまった。ごめんな?お前みたいな神にとって、話を聞くなんて一番の時間の無駄だろうに。」
別に謝らなくても…。そういう特段意味もないであろう謝罪は、私には理解できないから、言われると困る。まあでも、確かに、3文以上の会話は、役目をこなすうえでなんの意味もないから、普段は聞こうと思うことはない。…私の場合は、一度聞き始めればそのままなんとなく聞いてしまうこともあるけど。そんなことを考えている間にも、エニーは申し訳ないというオーラを出しまくっていたので、仕方なく私は話すことにした。私は、聞くより自分が話すほうが嫌いかもしれない。
『迷惑じゃないからいい。謝られても困る。』
突然のテレパシーにエニーは体をビクッと震わせたが、私の言葉に対し感謝の意を伝えてきた。
「ああ、そう?わざわざ喋ってくれてありがとな。いや、あれか。謝られるのがうっとおしかったのか。」
そうは言いながら、またそのことについて、ごめんと手を合わせ謝ってきた。しかも今回は、目を細めて口角も上げている。謝ってるのか謝っていないのか、これじゃあわからない。エニーは本当に、わからないを量産してくれる。いい迷惑だ。でも不思議と、やっぱり、分からないけど、嫌という感じではなかったかな。
『世界で力の乱れが視られる。神殿に戻れ。』
突然、私の頭にそんな文章が響いた。エニーはもちろん、私が至高神様に呼ばれているなんて気がついていない様子だった。当然だ。
「なあなあ、アリア。もしよかったら、今からマナの巨木んとこ――」
『行かないといけない』
その瞬間、エニーは口を閉じた。そして、嬉しいと感じていそうだった顔は、暗い表情になった。でも、別にエニーがどんな顔をしていようが、関係ない。与えられた役目をこなさなくては。そうして、私は立ち上がり、
「…なあアリア!また会わせてくれ。どれだけ時間が経っても、また!」
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