第55話

「レグルス!動いちゃダメ!もう少しで終わるから!」

「(シュン…)」


たった今、エリッサは庭のそででレグルスの体を洗ってあげている。

というのも、レグルスは子どもたちの一件でエリッサに褒められたことがうれしすぎて外を駆けまわり、その時泥ために全身を沈めてしまったのだった。

レグルスはその状態のまま家の中に戻ろうとしたものの、その瞬間をエリッサに目撃されてしまい、今こうしてその体を洗われているのであった。


「このまま家に入ったら中が汚れちゃうでしょ?ダメだよレグルス」

「(シュン…)」


レグルスは分かりやすくその表情をシュンとさせ、若干顔をうつ向かせる。

聖獣である彼がそんな姿を見せる相手など、この世でエリッサ以外に誰もいない事だろう。

するとその時、彼女たちのもとを一人の男が訪ねてきた。


「こんにちは、エリッサ様」

「シュルツさん!」


二人の前に姿を現したのはシュルツであった。

彼は泥まみれのレグルスとその体を洗うエリッサの光景を見て、やや笑みを浮かべながらこう言葉を発した。


「ふむふむ…ここまで聖獣を手懐けられているとは…。エリッサ様、私の中であなたに対する興味は増していくばかりです」

「そ、そんなんじゃないですよ!?別に手懐けているなんて意識は全くないですし…」

「そうなのですか?あなたの言う事を忠実に守って、おとなしく体を洗われているその姿、とても珍しい姿であるとは思いますが…」


シュルツは目の前の光景が不思議で仕方ないといった表情を浮かべる。

一方のエリッサも、別にそれが特別な事ではないという認識であるため、同じような表情を浮かべながらこう言葉を返した。


「うーん…。私とレグルスはずっとこういう感じなので、特別とか言われてもよくわからないんですよね…」

「(それこそが、あなたの魅力。おそらくレグルスもあなたのそういうところに惹かれているのでしょう。それは彼だけでなく、私もまた…)」


エリッサに対する思いを心の中につぶやいたシュルツだったものの、それをそのまま彼女に伝えることはしなかった。

そして彼は視線を二人からそらし、話題を変えることとした。


「そういえば、あなたに導かれた貴族家たちはみな、元いた場所に帰ることができましたよ」

「ほ、ほんとですか!?」

「えぇ。どうぞご安心を」

「よかった…!」


シュルツからその知らせを受けたエリッサは、自分の事のようにうれしそうな表情を浮かべる。

彼女の中ではそれほどに、あの子供たちの運命は大切なものであったのだろう。


「子どもたちもそれぞれの居場所に戻り、ご家族と仲良く暮らされているようです」

「ノーティス第二王子によって一方的に迫害されても、家族の絆は生きていたんですね!本当に良かったです!」

「えぇ…」


エリッサの言葉を聞いたシュルツは、やや少しだけその顔をうつ向かせて表情を暗くする。


「シュルツさん…?なにかあったんですか…?」


そんなシュルツの様子を察したエリッサは、不思議そうな表情を浮かべながらそう言葉をかけた。

シュルツはエリッサのその言葉に対し、ややなにか言葉を選びながらこう返事を行った。


「えぇ…。実は、そのノーティス様の事なんですが…」

「ノーティス様に、なにか…?」

「はい…。それがある日を境に、どこからも姿を消されてしまったのです」

「…いなくなっちゃったんですか?」

「はい…。忽然と…」


シュルツは口調をそのままに、より詳しい説明を始める。


「最後に目撃されたのは、王宮の中だったのです。しかし王宮は聖獣との戦いで大きく破損していますから、居られる場所は少ないのです。ですから誰にも目撃されずに外に出られるとも考えにくく、かといって王宮の中をどれだけ探してもノーティス様のお姿はどこにもなく…」

「そ、それってどういう…。も、もしかして…」


エリッサは恐る恐る、と言った様子でシュルツに言葉を返す。

シュルツは非常に答えずらそうにしていたものの、意を決したのか、少しの間をおいてこう言葉をつぶやいた。


「近頃王宮では、ノーティス様を第二王子の座から降ろし、その後釜にカサル様が座るという話がまことしやかにささやかれています。ゆえにこの状況でノーティス様がいなくなって一番得をするのは、明らかにカサル様…」

「…まさか、お父様がノーティス様を…?」

「何とも言えませんね…。ただ、私は違うような気がしています」

「違う?」

「はい。正直なところ、もうノーティスに第二王子の座を維持できるほどの力はありませんでした。ゆえにカサル様から見れば、今のノーティスなど放っておいてもなんら脅威ではなかったはずです。わざわざ物騒な事を仕掛ける理由がないというか…」

ブルブルブルブルブルッ!!!!!!

「「っ!?!?」」


シュルツがそこまで話をしたタイミングで、レグルスは全身をぶるぶると震えさせ、体中についた水分を散らした。

水滴が少しかかった二人は、最初こそ少し反射的に驚きの表情を浮かべたものの、互いに顔を見合わせた後に妙なおかしさがこみあげてきたようで、二人そろってその場で笑みを浮かべて見せた。


「本当、いい雰囲気ですねお二人は。見ていてほほえましいです」

「い、いやぁ…。なんだか恥ずかしいです…」

「それでは、私はこれで。またなにかありましたらご報告に参りますので」

「はい、よろしくお願いしますね、シュルツさん」


シュルツはエリッサにそう告げた後、レグルスの方にも軽く挨拶を行ってその場から去っていた。


「ノーティス様の事は心配だけれど、とにかく綺麗になってよかったねレグルス!」

「…♪」


レグルスは自身の頭をエリッサにやさしく撫でられながら、心地よさそうな表情をその顔に浮かべるのであった。

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