第54話

「ア…アクティス…様…!?」


自分の目の前に広がる光景が現実のものだと理解できず、ノーティスは震える口調で絞り出すようにそう言葉を漏らした。

…彼がそうなったもの無理はない。

たった今彼の目の前には、まごうことなき”龍”の姿をしたモンスターがその姿を現しているからだ。

神話の世界にそのまま登場させても不思議ではないであろうその姿を見て、冷静さを保てる人間などこの世には誰もいない事だろう。


「なんだノーティス、随分と失礼な奴だな。これまで私に対してなめたことをしてきたくせに、私の本当の姿を見るや否や体をこわばらせるのか?今までの余裕さはどこへいったというんだ?」

「う…うぁぁ……」


言葉にならない叫び声をあげ、ただただ目の前の現実が受け入れられないでいるノーティス。

そんな彼に対し、どこか諭すような言葉遣いでアクティスは言葉を続けた。


「分からないのか?私の正体が…。まったく、お前は本当にどこまでも聖獣とは相性が悪いみたいだな…。よくそれでこれまで第二王子のイスに座り続けてきたものだ」

「聖…獣…!?」


アクティスからヒントともいえる言葉が差し出され、ノーティスはようやくその脳内における思考を再開させる。


「そ、それじゃあまさか……アクティス第一王子様の正体は……」


恐る恐るといった様子で口にしたその言葉。

それが真実であるという事は、アクティスの返答にゆだねられる。


「アクティス様が……聖獣…!?」

「やっと気づいたのか…。もう半分以上正解を出してやってからだな…」

「そ、そんなまさか…!?そ、それじゃあ今まで私と一緒に築いてきた時間は…!?」

「お前にだけはヒントを出し続けてやったてきたのだが、全くかすることもなかったな。この王宮で私のにおわせに感づいたのはシュルツのみで、他の者たちはそれはそれはひどい有様だった。自分たちのすぐそばに聖獣がいるというのに、緊張感を抱くこともなく危機感を感じることもなく」

「そ、そんな……まさか……」


ただただ驚愕の様子を隠せないノーティス。

そんな彼に対し、アクティスはそれまでのいきさつを少しづつ話始めた。


「お前は今、どうして私がそんなことをしたのかと聞きたがっているな。いいだろう、話してやろう。もともとは人間観察の一環で始めようと思ってな。この国を動かす連中はこの王宮に集まっている。そこに生きる人間たちは一体どんな奴らなのだろうかと、知りたくなった。それでこの手を思いついたというわけだ」

「そ、それにしたっておかしいじゃないですか…!も、もともといた第一王子はどうなったのですか…!ま、まさかあなたが…!」

「それも間違いだな。元々の第一王子など存在しない。なぜなら”アクティス”という人間は生まれた瞬間から、この私だったのだから」

「そ、そんな神話のような話が……」


これまで自分の兄貴分として自分の事を見守り続けてきた人間が、実は人間ではなかった。

その現実を突きつけられたノーティスは、膝から崩れ落ちてその場に顔を伏せる。

しかし一方でアクティスは、そんな彼の様子を不思議そうに見つめながら、こう言葉をかけた。


「おいおいノーティス、何をがっかりしている?がっかりしたいのはこちらの方だぞ?私はこれまで何度も何度もお前に目をやってきては、お前の性格が少しでも良くなるようサポートし続けてきた。にもかかわらずお前は、第二王子という高い身分に溺れ、相手を気遣うことなく自分勝手なふるまいばかりを繰り返してきた。…そしてその果てが、あの婚約破棄だ。彼女にレグルスがなついているというのは私も知りえないところであったため、ぜひともその関係を維持してほしいことと私は願った。…にもかかわらずお前は、最後の最後まで自分の事しか考えなかった。これでどうしてお前がショックを受けるのだ?筋が通らないとは思わないか?」

「…!?!?」


人間の姿をしているときのアクティスでさえ、詰められるときは恐ろしいばかりの殺気を放っていたというのに、今やその姿は聖獣の姿となっている。

その姿が感じさせる恐怖心は、とても言葉では説明のできないものであった…。


「さて、もういいだろうノーティス?なにか最後に言っておきたいことはあるか?」

「ひっ!!!!!!」


アクティスからそう言葉をかけられた直後、ノーティスは残る力のすべてを振り絞ってその場から立ち上がり、この場からの脱出を図って扉を目指して駆けだしていく。


「(このまま終わってたまるか!!!このままエリッサの元まで逃げるんだ!!聖獣に立ち向かえるのは聖獣しかいない!!本気で助けを求めれば、きっとエリッサだって俺の事を助けてくれるはず!!!)」


かすかな希望を思い抱き、エリッサの元を目指して走るノーティス。

しかしその思惑が叶うことはなかった。


「ど、どういうことだ…!?こ、ここにあったはずの扉が…!?」


慣れ親しんだ王宮の中にあって、扉の場所を失念するようなことなどするはずがない。

しかし現にノーティスの記憶の中にある場所に扉はなく、彼は完全に壁を背にしてアクティスに追い込まれる状態となる…。


「本当にどこまでも往生際の悪い…。もしも転生を果たせたなら今度はマシな性格に生まれるんだな」

「ひっ!!!う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

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