第45話

「(ほ、本物だ…!ずっとずっと遠目にしか見たことがなかった第一王子様、アクティス様が…私の目の前に…!)」


予告もなく現れたアクティス第一王子を前にして、エリッサはその頭の中をフリーズさせてしまう。

というのも、エリッサはこれまでカサルやノーティスによってその存在を抑圧されていたため、アクティス第一王子との面会を果たす機会が一度もなかったためだ。


「え、えっと…。ななな、なんのごようで」

「?」

「(ひゃっ!!!)」


アクティスは何も言葉を発することなく、突然にエリッサの顔を間近から観察し始める。

…その気になれば唇と唇がくっついてしまいそうなほどに近いその距離に、エリッサは自身の心臓を強くドキリと震わせる。

一方のアクティスの方はというと、ごく至近距離からエリッサの顔をいぶかしげに見つめつつ、静かな口調でこう言葉を発した。


「ふーーん…。これがレグルスが気に入った相手とはねぇ…」

「(ア、アクティス様はレグルスの事を知ってる…?ノーティス様から聞いたんだろうか…?)」


その時、それまでエリッサの背に隠れていたレグルスの存在にアクティスは気づく。


「なんだ、お前そんなところにいたのか。…俺の顔を見るや否や奥に引っ込みやがって…」

「…!」


そう言葉をかけられた直後、レグルスは再びエリッサの背中に張り付いて隠れる。

レグルスのそんな姿を初めて目撃したエリッサは、やや不思議そうな表情を浮かべながら自身の心の中でこうつぶやいた。


「(めずらしい…。もしかしてレグルス、アクティス様の事が苦手なのかな…?それともただ恥ずかしがってるだけ?)」


どちらともとれるレグルスの態度を前にして、エリッサはやや冷静さを取り戻し、アクティスに対してこう言葉を返した。


「あの、はじめましてアクティス様。私、ここでレグルスと子どもたちと一緒に暮らしています、エリッサです」

「知ってるよ。ノーティスに捨てられたんだって?」

「捨てられた…と言えば捨てられたのかな…?」


もともと拾われてもいなかったと思うのだけれど、一方的に婚約破棄をされて追い出されたわけだから、捨てられたっていう方が正しいのかな…?

あまりそこに注目してこなかった私にとって、アクティス様のその言葉は妙におかしく感じられた。


「って、そんな話をしたいわけじゃないんです!一体どうしてアクティス様がこんなところに??しかもお一人で???」


エリッサが改めて周りを見渡してみれば、アクティスは単身でこの場所を訪れており、付き人らしき人物は誰一人いなかった。


「も、もしかして…ノーティス様の一件で、レグルスにごようですか…?」


アクティスもまた、レグルスの力をその手にするべくここまでやってきたのではないか。

脳裏に浮かんだその可能性に、エリッサの心の中に一抹の不安感が湧き出たものの、アクティスの雰囲気を見るに、どうやらそうでもない様子…。


「レグルス?まさか…。俺はレグルスを手懐けたっていう、お前の顔が見てみたかっただけ」

「(っ!!!)」


アクティスはそう言葉を返すと、一度開けたエリッサとの距離を再びぎりぎりまで詰め、彼女の瞳を自身の鋭い視線で見据える。

…するとその時、それまでエリッサの背後に隠れていたレグルスがそそくさと二人の前に現れ、そのまま二人の間に割って入るような態勢をとる。


「お?」

「レ、レグルス??どうしたの??」


レグルスはそのままアクティスの事を鋭い目つきで見つめ、怒りを感じさせるような雰囲気でエリッサの前に立つ。

…その姿を見たアクティスは、やや意外そうな口調でこうつぶやいた。


「…まさかお前、妬いているのか?」

「へ?」


アクティスの言葉を聞いたエリッサは、自分の前に立つレグルスの事をよく注目してみる。

…するとどうやら、彼はこれまでにないような状態にあるらしいことが感じ取れた。


「(…アクティス様に怒ってるっていうよりも、なんだか苦手な相手に必死に立ち向かっているような雰囲気…。レグルス、もしかして私がアクティス様に取られるんじゃないかって心配してくれてるんじゃ…)」


そう心の中に感じ取ったエリッサは、そのままレグルスのことを背後から優しく抱きしめ、こう言葉を告げた。


「大丈夫よレグルス。私はどこにも行ったりしないし、ずっとあなたと一緒だからね」

「…!!!」


エリッサのその言葉を聞いた途端、レグルスは自身の体を大きくひるがえし、そのまま勢いよくエリッサの胸に飛び込んでいった。

レグルスのそんな姿をこれまで見たことがなかったエリッサはやや驚きを感じたものの、むしろその姿がまた一段とレグルスの可愛らしさを深く感じさせたらしく、もふもふのその体を抱きしめながらその頭を優しく撫で始める。


「よしよし、いいこいいこ」

「…♪♪」


エリッサに抱かれて心地がいいのか、レグルスはかなり穏やかで幸せそうな表情を浮かべる。


「(…やっぱり、レグルスはかなりアクティス様の事が苦手みたい…。アクティス様の事が嫌いとか、二人が敵対してるって雰囲気じゃなさそうだけど、いったい何がダメなんだろう…?)」


とてつもない力を宿しているレグルスに、苦手なものなどないだろうと思っていたエリッサ。

初々しいレグルスの姿に愛らしさを感じる一方で、一体どうしてレグルスがアクティスの事を苦手にしているのかを、彼女は後に知ることとなる。

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