第44話

その心の中に決心をし、いよいよエリッサのもとに向かうこととしたノーティス。

婚約破棄した相手のもとに自分の方から謝罪に行くなど、これほど周囲から笑われることはないだろうが、それでもそうする以外に今の彼が取れる手段はなかった。

エリッサだけならともかく、エリッサを愛しているレグルスから敵対視されるという事は、すなわち彼の王族としての人生の終焉を意味し、同時にラクスが王となる可能性を現実のものとしてしまうのだから…。


「これはカサルの思惑を防ぐためのもの…。だから仕方のないことなのだ…」


渋々といった表情を浮かべながら、嫌々にエリッサのもとに向かう準備を進めているノーティス。

そんな彼の元を、ある一人の男が訪れた。


「これはこれはノーティス様、直々にお出かけのご準備とは精が出ますね」

「カサル…」


ノーティスの前に現れ、余裕の口調でそう言葉を発するカサルは、主であるノーティスの前で堂々と腕を組み、もはや自分の方が立場が上であると言わんばかりの表情を浮かべていた。


「ノーティス様もしかして、これから我が娘であるエリッサのもとに向かわれるのですか?」

「だったらなんだというんだ?まさか俺の事を止めに来たのか?」

「止めに?どうして?」

「簡単じゃないか。俺がエリッサとの関係を修復したなら、その後レグルスの力によってこの王宮は完全に再生することとなる。そうなればこの王宮を乗っ取るというお前の計画も失敗に終わってしまう。それはお前にとってなにも面白くないことなのだろう?」

「あぁ、なるほど…」


自身あり気な表情でそう言葉を発するノーティスに対し、カサルもまたその表情にうっすらと笑みを浮かべながらこう言葉を返した。


「困りますよノーティス様、私は別にこの王宮を乗っ取りたいなどと考えてはいないのですよ?」

「よく言う…」

「ひどいですねぇ。これまで私はずーーっとノーティス様のために尽くしてきたのですよ?私たちは形容しがたいほどの強い絆で結ばれている仲ではありませんか。そんな私の事を信用していただけないのですか?」

「あぁ、全くできないね。どうせ今だって俺をここから追い落とすべく、アクティス第一王子にでもかけあっているんじゃないのか?自分ならもっとまともな王として人々の上に立つことができるとか何とか言ってな」

「心外ですねぇ…。私はただあなたにアドバイスをお持ちしたいだけですのに…」

「…アドバイスだと?」


カサルはそう言いながら余裕の笑みを浮かべ、あえてノーティスを煽るような口調でこう言葉を続ける。


「私はこれでもエリッサの実の父ですから、彼女の事はよくわかっています。そんな私に言わせれば、このままノーティス様が彼女のもとに謝罪に行ったところで、関係を修復できる可能性はゼロだと思いますよ?」

「……」

「あんな追い出し方さえしていなければ、今頃もっとましな状況になっていたかもしれなかったものを…。本当にもったいないですねぇ…♪」

「帰れ、お前とこれ以上話すことなど何もない」

「落ち着てくださいよノーティス様。私はアドバイスをお持ちしたと言ったではありませんか」


カサルはそう言いながら、自身の懐から一つの封筒を取り出した。


「…なんだそれは?」

「これは私からエリッサへの手紙です。ノーティス様のお言葉だけではきっと彼女は動いてくれないでしょうから、私からも一言口添えをさせていただければな、と思った次第です」

「……」


差し出されたその手紙を見て、ノーティスは大いに迷った。

果たして素直にその手紙をエリッサのもとに持っていくべきか、それともこの場で切り捨ててやるべきか…。

中身を確認しておきたいものではあるものの、手紙には丁寧に封が施されているため、開封してしまえば中身を改ざんしたと妙な疑いを持たれかねない。


「(こいつ…。この期に及んでエリッサにいったい何を伝えるつもりだ…)」


…想定されうるあらゆる可能性を考慮し、考えに考え抜いた末、ノーティスはこの場における結論を導き出す。


「よかろう。この私が直々に渡しておいてやろうじゃないか」

「ありがとうございます、ノーティス様。これはきっとあなた様のお役に立つことと私は確信しております」

「(さて、それはどうだろうな)」


ノーティスがそう結論を出した理由、それは…。


「(本当に俺に利をもたらすものならそれでよし。一方でこれが俺の事をおとしめ、ラクスの事を持ち上げる内容であったなら、俺は即座にこいつを切り捨ててエリッサの側に付くことにすればいい。それならどちらに転んでも、俺が不利になることはないのだから…♪)」

「お願いを聞いていただけましたこと、感謝申し上げますよノーティス様」


ノーティスとカサルは互いに不敵な笑みを浮かべあいながら、それぞれの思惑を交錯せていくのだった…。


――――


「お、お客様?」


レグルスからその知らせを受け取ったエリッサは、そのまま駆け足で玄関の方に向かい、いったい誰がこの場に来たのかを確認する。


「は、はい、どちらさまで………!?!?!?」


扉を開けた時、彼女は自分の目を疑った。

そこにいたのは他でもない、アクティス第一王子その人であったためだ。

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