第34話

「…お、ようやくなにか動き始めたぞ!!」


比較的安全な場所からレグルスたちの様子を見ていたノーティスは、ついになんらかの動きが始まったことをその目にして、自身の心を高ぶらせる。

その横にはシュルツが控え、ノーティスと同じくレグルスたちの変化を遠目に見て取った。


「(…エリッサ様はここには戻られていないはずだが…。彼女の存在なしになにかあったということは、兵たちの力によってレグルスが動かされ始めたのだろうか?。それとも…?)」

「おーーい!いいぞお前たち!!そのまま一気に生意気な聖獣を押し出してしまえ!!」


心を興奮させたノーティスはその思いのままに、兵たちに向けてそう叫び声をあげた。

…しかし、それがどうやら完全に自分の思っている光景ではないらしいという事を、一人の兵がノーティスのもとに知らせに来る。


「ノ、ノーティス様!!!例の聖獣に突然動きが!!」

「よしよし、ようやく動き始めたか?」


その表情は、ノーティスの立てた計画がうまく運び、自分たちの思惑が叶ったような明るい表情は……浮かべてはいなかった…。


「そ、それが……それまでその場で大人しくしていた聖獣がすさまじい勢いで動き出し、兵たちをなぎ倒し始めています…!!」


血相を変えて知らせを持ち込んだ兵は、ノーティスに対してその語気を荒げながら必死にそう伝えた。


「…ノーティス様、いかがされますか?相手は聖獣ですから、やはり普通の兵の力ではいかんとも」

「おいシュルツ」


…やんわりと撤退を提案しようとしたシュルツに対し、ノーティスは自身の手で彼を制止しながら、自身の表情を変えずにこう言葉を返した。


「お前は甘いなぁ…。ここで引き下がってしまったら、これまでの兵たちの努力はすべて無に帰してしまうではないか。ここは勇気をもって聖獣と戦い、我々の力を見せつけるのが上に立つものとしてするべきことであろう?」


その言葉はシュルツに向けて放たれたものであったが、近くにいたためにその言葉を聞いた兵は、とっさにこう反論した。


「で、ですがノーティス様!奴の力はまだまだ未知数の部分も大きいです!下手をすれば一か所に集めた兵たちが袋たたきにされ、二度と再起不能になってしまう可能性だって…!」

「そんな貧弱な兵などここにはいらない。いいか?このような壮絶な戦闘を生き残ってこそ立派な兵になるというもの。それを少し相手が聖獣だからと言ってすぐに逃げ出していては、なんの進歩も成長もないではないか」

「そ、それは…」


ノーティスの言葉はそれだけ聞けば立派なものなのかもしれないが、計画そのものが明らかに無謀であるという最も大切な部分を見逃してしまっていた…。


「ノーティス様、それではこのまま続行されますか?」

「よく見ろシュルツ、これこそがこの私が最初から計画していた状況なのだよ。挑発をかけて聖獣が怒りを爆発させてくることくらい、最初から分かっていたことだ。…だからこそ私は、事前に様々な”罠”を仕掛けておいたのだ…!」

「…罠ですか?」


ノーティスはしめしめといった表情を浮かべながら、シュルツと兵に対して自身あり気にこう言葉を続ける。


「いくら聖獣と言えども、その身を傷つけられるほどの魔力を宿した罠を張られてしまったなら、きっとその場から動くことを躊躇ちゅうちょするに違いない。考えてもみろ?あいつは間抜けでなんの力もないようなエリッサになつくほどの愚かな生き物なのだぞ?それを過剰に恐れる方が向こうの思うつぼだという事になぜ気づかない?」

「…」


ノーティスの言葉に対し、シュルツは珍しく何の言葉も返しはしなかった。

…レグルスの事はともかく、エリッサをけなされるようなことを言われたことが彼には快いものではなかった様子…。

そしてそんなシュルツに代わり、伝令に訪れた兵がその口調を震わせながらこう言葉を発した。


「そ、それでは…作戦は続行されるという事でよろしいのでしょうか…?もしかしたらの王宮そのものが戦闘で破壊され尽くされる可能性も…」

「無論だ。なぜだかわかるか?ここで聖獣の力を手にさえしてしまえば、たとえ王宮を失ってしまおうとも聖獣の力で復活させることが可能なのだ。それ以外にもどれだけの金や時間を犠牲にしたとしても、ひとたび私が聖獣に命じればすべては元通りとなるのだ。ゆえに何の心配も抱くことなく、自信をもって戦うといい」

「は、はい…」


その計画は、自身が最終的にレグルスになつかれることが前提となっている。

…しかし現実には、エリッサに一途なレグルスがその気持ちを、エリッサの事をけなし続けているノーティスに向ける可能性などゼロに等しいと言えた。


「うおおぉぉぉぉ!!!!!」

「な、なんとか聖獣を止めろ!!!」

「これ以上行かせてはならん!!ノーティス様からの命令だ!!!」


…ノーティスの立てた作戦がどこまで通用するのか、その真価が問われる時が刻一刻と迫っていた…。

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