第33話

「よしよし、その調子だ。部屋の中に大勢の兵を入れてあの生意気な聖獣を…!」


ノーティスの呼びかけにより、王宮の中にいた兵たちのほぼ全員が一か所に集められつつあった。

その光景はなかなかに異様で、事情を知らずにまだ食事会場に残っていた貴族たちは一体何事かと疑問の表情を浮かべる。


「…な、なにかあったのかね?」

「わ、分からないが…。誰かがノーティス様に反逆でもしたのか?」

「ま、まさか、ノーティス様の婚約の日に合わせて何者かがノーティス様になにか仕掛けを!?」

「うーむ…。かかわらないほうが身のためかもな…」


…この王宮で何かが起きているらしいことは察した貴族たち、しかしそこに自ら進んで深入りしようとするものはいなかった。

それぞれがきちんとノーティスの性格を理解しているからこそだろう…。


――――


そのように、ノーティスの命令によって王宮内の兵の全員がレグルスの元へと駆り出されていたその裏で、これを好機とばかりに動き始めていた一人の人物がいた…。


「(見張りの人がほとんどいなくなってる…。レグルスが頑張ってくれているのね…!)」


やや姿勢を低くして王宮の中を駆けているのは、つい先ほどノーティスから婚約破棄を宣告されたエリッサであった。

彼女はこのタイミングを逃すまいとばかりに、王宮の中のある一か所を目指して進み続けていた。


「(あと少し…あと少し…)」


ノーティスとエリッサの婚約はさきほど大々的に発表されたため、この王宮の中にいてそのことを知らないものはいない。

そしてその婚約がついさきほど、ノーティス自身によって破棄されたことを知っている人物は非常に少なかったため、ゆえにエリッサが王宮の中を駆けていても、その事を不審に思う人間は誰もいなかった。

そして同時に、王宮内のほとんどの兵をノーティスが引き上げていったため、エリッサが誰かから止められる可能性はさらに低くなっており、彼女は危なげなく目的の場所に到着することに成功した。

その場所は、彼女がノーティスとの婚約を受け入れることを決心した最大の理由ともいえる場所であった。


「あ!!お姉ちゃん!!!」

「来てくれたんだ!!こっちこっち!!」


そう、王宮の中でエリッサが訪れたかった場所は、子どもたちが幽閉されていると言っても大げさではない王宮孤児院だった。

この子どもたちの事をノーティスはどう思っているのか、その真実を知ってしまったエリッサは、どうしてもこの子どもたちをこの王宮から救い出したいと願い続けていた。

そんな願いはレグルスの導きのもとにこうして形となり、彼女はそのきっかけをつかむことができたのだ。


「こんにちは!みんな元気にしてた?」

「元気じゃないよーー…。最近ご飯もあんまり食べさせてもらえないし…」

「…お姉ちゃん、今日はお菓子はないの??なにか食べたい…」


子どもたちはそれぞれ思い思いの言葉を口にした。

そんな彼らの正直な言葉を聞いたエリッサは、早速ここまで来た本題を口にすることとした。


「ねぇみんな、ここを出て私と一緒に来ない?私はずっとみんなと一緒にいたいの!」


エリッサは明るい表情で子供たちにそう告げた。

ここに居ても政治の道具にされるしかない子供たちの運命を、エリッサはどうしても変えたかった。

そんな彼女に対する子供たちの答えは…。


「行きたい行きたい!!」

「ここにいてもなーーーんにも楽しくないの…。大人の機嫌を取ってばかりの毎日だし、機嫌を損ねたらひどい目にあわされるし…」

「どこ行くのどこ行くの!!ここ以外ならどこでもいいよ!!」


10人の子供たちは全員そろってエリッサとともに行くことを即決し、彼女に言葉を返した。

その純粋な思いを受け取ったエリッサは、子どもたちに対してとびっきりの笑顔を返したのち、その心の中でこう願いを唱えた。


「(レグルス…。もしも私の願いを叶えてくれるのなら、ここに居る子どもたちと私をあなたが作ってくれた素敵なあの家へ送り届けてほしいの…。そこで私たちは楽しく幸せに暮らしましょう…!)」


エリッサがその心に強くそう願ったとき、それまで退屈そうにその場でじっとし続けていたレグルスがパッとその目を見開き、ついに動きを見せるのだった…!

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