第32話

ノーティスと彼の率いる魔法部隊が、へそを曲げている様子のレグルスを前に四苦八苦している姿を見たシュルツは、つい先ほどレグルスとエリッサの交わしていた言葉をその脳裏によみがえらせていた。


「(…確かエリッサ様はさきほど、『ずっとここにいるのよ』と言っていたような…)」


”ずっとここにいるのよ”とは、普通に考えればこの王宮でじっとしていなさい、という命令に聞こえるだろう。

たとえ自分がここからいなくなった後も、自分の存在に固執することなく、この王宮でしっかりやっていきなさい、という意味にもとれるかもしれない。


…しかし、レグルスはそれを言葉の意味そのままにとったのではないだろうか…?

ずっとここにいるとは、この部屋のこの場所から動かずじっとしていろという意味に彼が受け止めたのなら、目の前で繰り広げられるこの光景も説明がつく…。


「ノ、ノーティス様…。少し休憩しましょう…」

「こ、このままではいたずらに魔力を消耗していくだけで、下手をすれば聖獣からの攻撃なしに誰かが死んでしまうかもしれません…」

「そ、そうなったらただの自滅ですよ…。ノーティス様、ど、どうかお考え直しを…」


もう何度目になるかも分からない、魔法を用いた飽和攻撃。

しかしそれらは全く成果を出さないばかりか、むしろ味方の損耗を大きくしていくばかりであった。

…兵である彼らがノーティスにそう提言を行ったのは至極当然の事であるが、それでもノーティスはプライドの高さゆえか、自身の考えを改めることをしようとはしない。


「…ここで引き下がることなどできるものか…。もういい、魔法はやめだ…。この場に可能な限りの兵たちを呼び込め。それで強引に聖獣の体を動かす」

「「っ!?」」


ノーティスが口にした作戦は、まさに人海戦術そのものだった。

大勢の兵をこの場所に呼び入れ、部屋を人間で満たし、圧迫する。

そして中にいる人間が流れを起こすことで人間の渦を形成し、それに乗せる形でレグルスをその場から動かそうという戦法だった。

当然味方の兵にも相当のダメージが予想されるため、それを聞いた兵たちは反射的にこうノーティスに言葉を返した。


「い、いくらなんでも無謀すぎます!!そんなことをしたら聖獣を動かせないばかりか、圧迫されて死んでしまう兵が大量に発生してしまいます!」

「お、お考え直しを!!や、やはりここは一旦引くべきなのではないですか!」

「あ、相手は聖獣なのですよ!?そんな強引なやり方が通用するはずも…」


彼らの反論は完全に正論であり、大きな説得力を持っていた。

そんな彼らに対し、ノーティスはやや冷酷な雰囲気でこう言い返した。


「…味方に死ぬ兵が出る?そんなもの兵なのだから当然だろう?これが恐ろしくて兵などやれるのか?いいから準備しろ」

「「……」」


ノーティスは冷たくそう言い放つと、自分はいの一番にその場から姿を消していった。

おそらく遠目からレグルスを圧迫する兵たちの姿を観察するつもりなのだろう。

…兵たちはかなりの葛藤をその心に抱いているものの、ノーティスから直接的にここまで言われてしまっては、もはや反論することも抵抗することも許されず、ただただその命令の通りに動くほかなかった…。


「シュルツ、お前は私とともに来い。気づいたことがあればすぐに私に報告するのだ」


ノーティスからそう言葉をかけられたシュルツは、エリッサとレグルスの会話の事をノーティスに知らせるべきかどうか、その頭の中で考える。


「(レグルスがここから動かないのはきっと、エリッサ様のお言葉があったがゆえなのでしょうが…。まぁ、ノーティス様がエリッサ様に謝るつもりがないというのなら別に伝える必要もないか…)」


レグルスよりもエリッサの方に興味を持っているシュルツ。

このことをノーティスに伝えてしまったら、エリッサに対してノーティスが自分に対する当てつけであるなどと言い出して、これまで以上にエリッサの事を傷つけかねないだろうと考えたために、彼はそれらの事実をノーティスに伝えることはしないこととしたのだった。


「さぁ、はやく準備しろ!そこで油断してくつろいでいる間抜けな聖獣をあっと言わせてやるのだ!!」


高らかにそう宣言するノーティスと、しぶしぶといった様子で準備を進めていく兵たち。

部屋の中心では退屈そうな表情を浮かべるレグルスが横になっており、そんな彼の挑発的な雰囲気がノーティスの神経を一段と逆なでしていく。


「あぁぁ!!早くしろ!!早くその腹立たしい聖獣に私こそが従うにふさわしい王であるという現実を教えてやるのだ!!」


――――


彼らがせわしなく動いていたその一方、王宮内では別の人物が動き始めていた…。

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