第27話
ノーティスの掛け声とともに、食事会場は一段と騒がしい雰囲気となる。
集められた人々がそれぞれの会話に花を咲かせていく中、ノーティスはこっそりとシュルツを呼び出し、こう言葉を告げた。
「…シュルツ、このままエリッサを適当な場所に連れていき、そのまま一時的に幽閉してやれ。俺の婚約者とするのは
「もちろんでございます。それでノーティス様、聖獣の方はどのように?」
「そうだな……まずはエリッサから聖獣を引き離すのが先決だろう。聖獣のみをこの場に残し、エリッサだけをここから退散させろ」
「承知しました」
シュルツにそう言葉を告げると、ノーティスはそれまで以上にうっきうきな表情を浮かべ、貴族たちの会話の中に入っていく。
エリッサを介して聖獣の力が手に入ったというその事実が、彼には嬉しくてたまらない様子だった。
一方のシュルツは特に表情を変えることはなく、冷静な雰囲気のままエリッサのもとまで近づいていくと、彼女に対してまずこう言葉をかけた。
「ご婚約おめでとうございます、エリッサ様」
「え、えぇ……」
…いまだそんな実感がないためか、どこかばつの悪そうな返しをするエリッサ。
「エリッサ様、ノーティス様からのお言葉がございまして。ひとまずこの場から退散して、控室の方でお待ちいただきたいとのことです」
「そ、そうですか…。わかりました…」
特にその言葉に逆らうつもりもないエリッサは、素直に言われたとおりにすることにした。
シュルツの後に続いてその場から退散しようとするエリッサと、そしてそんな彼女の後ろに付いて歩こうとするレグルス。
エリッサを心から慕っているレグルスの当然の行動ではあるものの、ノーティスからはレグルスのみこの場にとどめるよう言われているシュルツ。
彼はその身をかがめて視線をレグルスと同じ位置にすると、レグルスに向けてこう言葉を発した。
「君にはここで待っていてほしいのだけれど……エリッサと一緒に来たいのかい?」
「♪♪♪」
シュルツの言葉に対し、レグルスはその表情をルンルンにして答えた。
そんなうっきうきな様子のレグルスを目にして、シュルツはその心の中でこう言葉をつぶやく。
「(…これは相当エリッサ様になついている様子…。聖獣が一人の少女にこれほど心を許すとは、にわかには信じられない…。一体エリッサ様にはどんな隠された秘密がるのだろうか…)」
…ほとんどの者がその興味をレグルスの方に向けている中、シュルツだけは相変わらずエリッサの方に興味を抱いていた。
「分かりました。エリッサ様と一緒に来てください」
「♪♪♪」
彼は結局そのまま、エリッサとレグルスの両方を控室の方へと導き、会場からその姿を後にしたのだった。
…そしてその場にはレグルスがある仕掛けを行い、シュルツもまたその仕掛けを見抜いていたのだったが、あえてそれを見逃したのだった…。
――――
「さあさあノーティス様、そろそろその本当のところを教えてくださいませ。まさか本当にエリッサの事を愛して婚約したわけではないのでございましょう?」
「クックック…。さすがはくせの強い貴族たちを束ねる立場にある貴族長、ルイスだな。見抜いていたか(笑)」
「貴族長など関係ありませんとも。エリッサとの婚約の裏に何かあろうことなど、子どもにだってわかることでございますよ?(笑)」
互いに気色の悪い笑みを浮かべながら、エリッサのいなくなった会場の場で二人はそう会話に花を咲かせる。
ノーティスはルイスにその顔を少し近づけると、やや小さな声でこう言葉を告げた。
「…実は、エリッサには一匹の聖獣が心を許しているという話があるのだ…♪」
「な、なんと…!?」
ノーティスからの言葉を聞き、ルイスはその表情を大きく驚愕させた。
…エリッサにノーティスが近づいた目的は、せいぜい金かその類が狙いであろうと考えていたルイスの予想とは大きく違ったためだ。
「話をするよりも、実物を見せてやろうじゃないか♪」
「じ、実物…!?」
ノーティスはそのままルイスを招くと、さきほどまでエリッサとレグルスがいた場所にルイスを導いた。
シュルツに命じたことが果たされているのなら、そこにはレグルスのみが残されているはず。
自分のものとなったレグルスをルイスに自慢しようとしたノーティスは、その場所に向けて歩きながら、どう自慢をしてやろうかということでその頭をいっぱいにしていた、その時…。
ドカッ!!!!!
「ぐぁッ!!!!」
突然に大きな音が発せられて、さきほどまでそこにいたはずのノーティスは一瞬のうちに姿を消した。
会場に集まった人々もまた、その大きな音につられてさきほどまでノーティスがいた場所の方へと視線を向ける。
「な、なんだなんだ!?」
「い、いきなり大きな音がしたが…??」
「何が起きたんだ??」
最初の瞬間こそ動揺の声を上げる人々だったが、次の瞬間にはそこで何が起きたのか、全員が理解した。
…ノーティスが歩いてきたまさにその場所に、人一人がすっぽりと入れるほどの落とし穴ができていたのだった…。
「い、いてて…。な、なんでこんなところにこんな穴が…」
体を痛そうにして穴から出てくるノーティスの姿は、それはそれは見るに堪えない者になっていた。
高価なもので揃えられた衣装はボロボロになっており、装飾品もまた無残なほど傷だらけになっていた。
…そんなノーティスの姿を目の当たりにした人々は、湧き上がる笑いをこらえることで必死になる。
「(…だ、第二王子ともあろうお方が落とし穴に…(笑))」
「(だ、大丈夫かよこの王宮…。王子自らが体を張って笑いを取るなんて…(笑))」
「(だ、だめだ笑うな笑うな…。めちゃめちゃ面白いけどここで笑ったら処刑されるぞ…(笑))」
全員が笑いを表に出すことなく、心の中で爆笑していたために、会場の空気そのものは静かな状態のままであった。
「(な、なんでこんなところに落とし穴が…!?く、くそっくそっくそっ!!!)」
しかし多くの者から笑われていることはノーティス自身も察したようで、彼は全身が破裂しそうなほどに恥ずかしい思いを心に抱きながら、なんとかそれをごまかして何ともないように振る舞い、急ぎその場から退散するのだった…。
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