第26話

「エリッサ、いきなりこんなことを言われて驚くのはわかるが、わがままはよくないなぁ…」

「…?」


ノーティスは心の中に抱いたイライラを一旦押し込めると、ねっとりとした口調でエリッサに対して話を始める。


「私が君と結ばれることを心待ちにしている者たちがいるというのに、まさかその思いを無下にしたりはしないだろう?」

「……心待ち?」


ややいぶかしげな表情を浮かべるエリッサに対し、ノーティスは切り札として隠していた一言をその口にした。


「…子どもたちの事だとも。君が私の妃となって王宮に入ってくれることを、心の底から楽しみにしていた様子だったぞ?」

「っ!?」


…まさか子どもたちの話を持ち出してくるとは思ってもいなかったエリッサは、その表情を驚愕な色で染めた。

そんなエリッサを見て手ごたえを感じ取ったノーティスは、そのまま言葉を続けていく。


「…しかし、君が私との関係を断るというのなら、あの子供たちがどうなるかもわからないなぁ…。もう彼らの事は君に任せるつもりで計画していたから、君が王宮に来ないというのなら、彼らの処遇もいったいどうなるものか…。これ以上面倒を見続ける義理もないから、してしまわなければいけないかもなぁ…」

「っ!?!?」


それは紛れもなく、子どもたちの事を人質にしているという主張だった。

彼らに対して深い慈しみの心を持つエリッサの思いは、その言葉を聞いて大いに揺れる。


「(…私がノーティス様との関係を受け入れたら、あの子たちが幸せになれる…?反対に私がノーティス様の言葉を断ってしまったら、あの子たちは今よりもさらに不幸せになってしまう…?)」


言葉をつぐみ、頭の中で子どもたちへの心配の言葉を何度も繰り返すエリッサ。

そんな彼女の姿を見たノーティスは、この上ないほどにしめしめといった表情を浮かべていた。


「(そうだエリッサ、お前に俺の言葉を断ることなどできないだろう?お前があの没落貴族の子たちを気に入っているのは知っているんだ。その気持ちにうそ偽りがないというのなら、俺との関係を受け入れるしかないぞ…?クックック、まさかあんなガキどもがこんな形で役になってくれるとは…。捨てるにはもったいない役立たずの有象無象くらいにしか思っていなかったが、どんな人間にもなにか一つくらいは役に立つところがあるのだな♪)」


対照的な表情を浮かべる二人の様子を、周囲の人々はがやがやと言葉を発しながら見つめている。

それゆえに二人の間で交わされていた会話は他の人々には聞こえておらず、ノーティスが半ば脅す形でエリッサに関係を迫っていることに気づく者は、ここには誰もいなかった。


それからしばらくの時間、二人の間を想い沈黙が包んだ。

果てしないほど長く感じられたその時間だったものの、それを破ったのはエリッサの方からだった。


「…私がその婚約を受け入れれば、本当にあの子たちは助かるのですか?」


弱弱しい口調でそう言葉を発したエリッサに対し、ノーティスはその表情を変えずにこう返事をした。


「嘘はつかないとも。君がレグルスとともに王宮に来てくれることを、私は心待ちにしていたのだ。そんな私の願いをかなえてくれるというのなら、私もまた君の願いをかなえようじゃないか♪」


にまにまとした表情でそう言葉を発するノーティスの姿に、信頼に値するような雰囲気は全く感じられなかった。


「(…正直全然信用できないけど、それでもここでノーティス様の事を拒絶してしまったら、間違いなく最悪のバッドエンドになっちゃうよね…。そうなるくらいなら…)」


エリッサは心の中でそう言葉をつぶやくと、意を決した表情を浮かべ、ノーティスに対してこう言葉を告げた。


「…分かりました。私、エリッサ・レクトは、ノーティス第二王子様の妃となることを、ここに受け入れます…」

「♪♪♪」


エリッサからのその言葉を聞いた途端、ノーティスは一瞬だけ不敵な笑みを浮かべたのち、そのまま舞台上へと舞い戻ると、集まった人々に向けてこう言葉を言い放った。


「みなさま、今日は本当にめでたい日となりました!!是非とも心ゆくまでパーティーをお楽しみくださいませ!!」


彼は非常にその機嫌を良いものとしていた。

その高ぶる感情に導かれるままに、彼は心の中にこう言葉をつぶやいた。


「(よしよしよしよし!!これで聖獣の力は俺の物になることが確定した!!エリッサは適当なタイミングを見計らって婚約破棄の上で追放してしまい、レグルスの身を俺のもとに残すのだ!!これですべてが計画通りに…!!!)」


…しかし、彼は気づいていなかった。

彼が狙うレグルスはすでに、彼が先ほど浮かべた不敵な笑みをしっかりと見ており、その裏にあるエリッサへの愛のなさも完全に見抜いていたということに…。

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