第28話
「レグルス、お手!」
「♪」
「レグルス、尻尾を一回転!」
「♪」
「レグルス、ジャンプ!」
「♪」
シュルツに案内された待合室の中で、エリッサとレグルスはこのような調子で戯れ続けていた。
息ピッタリの彼女たちの様子を間近で見たシュルツは、先ほどまで以上にその心の中を
「(す、すごい…。まさかここまでエリッサ様が聖獣に慕われているとは…。レグルスの方も嫌々やっている様子は全くなく、むしろ心の底から楽しそうな様子を浮かべている…。一体彼女のなにが聖獣をそこまで惹き付けるのだろうか…)」
しかし、そのような和やかな雰囲気に包まれていた彼らの空間に、その表情を真っ赤に染めた一人の男が押し入る。
「おいシュルツ!!シュルツはいるか!!」
それは他でもない、ノーティス第二王子その人であった。
彼は身にまとう高価な衣装や装飾品をボロボロにしながら、激しい口調でシュルツに詰め寄る。
「一体どういうことだ!!会場にあんな大きな落とし穴があるなど、何をどう間違えればあんなものが現れるのだ!!」
「お、落とし穴、ですか…?」
ノーティスの言っていることが理解でいないシュルツは、その頭上に大きなはてなマークを浮かべる。
それも無理のない話、彼は本当に何も知らないのだから。
しかし、そんなシュルツの事情などお構いなしといった様子で、ノーティスは自身の言葉を継ぐ次ぐに繰り出していく。
「会場の準備にあたっていたのはお前じゃないか!大勢の権力者たちがいるあの場所で俺が落とし穴に落ちるなど、第二王子としての威厳を大きく損ないかねないとんでもない事態だぞ!!お前一体どんな準備をしていたのだ!!」
「お、落ち着いてくださいノーティス様。崇高なる王宮の広間において、落とし穴などあるはずがないではありませんか。実際に落とし穴を用意するとしても、いったい誰がどんな手を使って穴を掘るというのです?厳重な警備の敷かれているこの王宮でそのような事、できるはずがないではありませんか?」
つとめて冷静に、それでいて的確な言葉でノーティスを説得しにかかるシュルツだったものの、あれほど恥ずかしい思いをしたノーティスにそのような正論は通用するはずもなかった。
「そんなもの俺が知るか!!だが俺が罠にはめられたのは事実なのだ!!誰かが俺を辱めるべく、このような手を使ってきたに違いない!シュルツ、今すぐに真犯人を探し出すのだ!!」
「そ、そう言われましても……」
感情的な言葉を続けるノーティスに対し、どうしたものかという表情を浮かべるシュルツ。
その時、シュルツはふとレグルスの方に視線を移した。
「(…あれ、もしかして…?)」
「♪♪」
シュルツからの視線に対し、レグルスはまさにドヤァという言葉で表現するにふさわしい表情を浮かべた。
その瞬間、シュルツはその会場で何が起こったのかを瞬時に理解した。
「(お、王子を落とし穴にはめるとは…。ほんとにどこまでも肝の据わった聖獣ですね…)」
尊敬とも畏怖ともとれる視線をレグルスに向けるシュルツ。
そしてそんなシュルツの様子を見たノーティスは、シュルツに気づかされる形で自分の身に怒ったことの真実を察する。
「!?…ま、まさかお前かレグルス!!!お前が俺を…!!!」
「♪♪♪」
「ぐ、ぐうぅぅ…!!!」
…この場でレグルスの事を蹴飛ばしてやりたい感情が沸き上がるノーティスだったものの、そんなことをしては聖獣を自分になつかせるという計画が白紙になることに間違いがない。
彼は心の中の怒りを必死にコントロールすると、強引に自分の表情に笑みを浮かべ、レグルスに対してこう言葉を告げた。
「こ、この私と遊びたかったのかな、レ、レグルス君?そ、それなら私も嫌な思いはしししないとも。ききき君が私と遊びたいというのなら、私はいつでもウェルカムだからな…!」
…大いにその表情を引きつらせながら、レグルスの機嫌を損ねまいとノーティスは必死に自分を押し殺してそう言葉を放った…。
そんな彼の様子を見たレグルスは、さらに一段と愉快そうな表情を浮かべて見せ、それを見たノーティスはさらに一段とその心の中にメラメラと怒りの感情を湧きたたせる…。
「(お、落ち着けノーティスよ…。ここでレグルスを叱責したところで、なにも自分の利になったりしないではないか…。落ち着くのだ…)」
ノーティスは深く深呼吸をすると、無礼なレグルスに対して沸き上がる憎たらしさを心の中に押しとどめ、つとめて冷静な口調でシュルツにこう言葉を発した。
「ところでシュルツ、この部屋にはエリッサのみを連れてきて、レグルスはあの会場にとどめておくように言っておいたはずだが?」
「申し訳ございません、ノーティス様」
「ったく…。まぁよかろう、これからそうすればいいだけの話…」
小さな声でシュルツとそう会話を行ったノーティスは、改めてエリッサとレグルスの方に顔を向けると、二人に対してこう言葉を放った。
「それじゃあめでたく婚約も成立したことだし、婚約破棄することとするか」
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