第51話
お屋敷を出発して昨日と同様に電車に乗ると、早穂さんはまた車窓の向こうで流れていく景色に夢中になっており、その姿に夏葉さんは不思議そうな顔をした。
「もしかしてあの子、電車に乗ったことないの?」
「昨日が初乗車ですね」
「そうなんだね。中々そういう人は見かけないから、私としても新鮮だよ」
「まあよほどの事情がない限り電車ってわりと世話になりますからね。それで四季……あ、そういえば二人とも四季か」
「そうだよ。だから、ハルちゃんの事も私の事も名前で呼んでほしいな。ハルちゃんもその方がいいでしょ?」
夏葉さんの問いかけに四季さんは溜め息をつきながら頷く。
「そうだね。呼び分けた方がやりやすいとは思うからそれで良いよ」
「オッケー。という事で、私もハルちゃんもみんなの事を名前で呼ぶね!」
「わ、私も?」
「そ! 早穂ちゃんとはもう呼び合ってるようだけど、せっかくだから男子組とも呼び合おうよ。男子組もその方が良いでしょ?」
僕と進君は揃って頷く。
「そうですね。それじゃあ僕も陽花さんって呼ぶね」
「俺の場合は呼び捨てになるけど、それでも良いか?」
「良いですけど……早穂さんの事はさん付けですよね? あれは何故ですか?」
進君は頭を掻きながら答える。
「なんというか……早穂さんの場合は呼び捨てで呼ぶのが少し恐れ多い感じがするんだよな。陽花だって、早穂さんの早穂ちゃんって呼ぶのはなんか難しいだろ?」
「それはたしかに……」
「やっぱりそうだよな。なんかもっと親しくならないと呼びづらい感じはしちゃうんだよな、歩くらいにならないとさ」
「僕だって早穂さんの事はさん付けだよ? まあ早穂さんの事は前からさん付けしてるからこの方が呼びやすいのはあるけど」
そもそも前は名字にさん付けの上に敬語を使って話していたから、これでもかなりの進歩ではある。そんな事を考えていると、進君は顎に手を当てた。
「ふむ、だったら試しに呼び捨てで呼んでみてもらえないか?」
「……え!?」
「ほう、面白い事を考えるねぇ、進君」
「そうですよね、夏葉さん。まあ一回だけで良いからさ。な?」
「まあ一回だけなら……」
僕は恥ずかしさを感じながらも頷いた後、窓の向こうの景色を目を輝かせて見ている早穂さんに近づき、その肩をトントンと叩いた。
「はい?」
「さ、早穂……せっかくだからこっちの話にも……ま、混ざらない?」
どうにか勇気を振り絞って言うと、早穂さんはポカンとした後に更に目を輝かせた。
「歩さんから呼び捨てで呼ばれるだなんて……! も、もう一度お願い出来ますか!?」
「も、もう一度は流石に……!」
「良いじゃんか、歩。もう一回くらい呼んであげろよ」
「進君が一回で良いからって言ったんじゃないか……!」
「けど、愛しの副部長からのお願いだぜ? それは叶えないと男じゃないって」
「う、うぅ……」
僕は助けを求めて陽花さんと夏葉さんに視線を向けた。けれど、夏葉さんはこの状況を楽しんでおり、陽花さんは申し訳なさそうな顔をして見ているだけで、僕はガクリと肩を落とした。
「し、四面楚歌だ……」
「別に誰も敵じゃないって。まあからかうのはここまでにするか。早穂さんも今はとりあえず諦めて、今後何か早穂さんが褒められるような事をしたら、そのご褒美で呼ばれるって事にしたら良いんじゃないか? その方がより嬉しさも増すだろ?」
「たしかに……歩さん、良いですか?」
「そういう事なら良いけど……」
「ありがとうございます! 私、色々頑張りますね!」
早穂さんは乗り気であり、僕は溜め息をついてから進君に話しかけた。
「もしかしなくてもこれが狙いだったんでしょ?」
「そうだぞ?」
お前は何を言っているんだと言わんばかりの顔をされて僕は再び溜め息をつく。そして電車が走り続ける中で僕達は早穂さんも加えて色々な話を始めた。
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