第52話

 お題に沿って適当に乗り換えた後に30分電車に揺られた僕達が降りた駅はまったく知らないところだった。そこはのどかな雰囲気が流れる田園風景が広がっている場所で、走っていく電車を見送った後に進君は辺りを軽く見回した。



「ここ、本当に降りた事ない駅だな」

「うん。まあでも、これでお題の一つは達成だから、今度は美しい写真を撮ろうか」

「美しい写真……イメージとして浮かぶのは、花畑や澄みきった小川、あとは可愛らしいお家や木の上に留まる小鳥でしょうか」

「こういうちょっと田舎っぽいところならすぐ見つかりそうだね。でも、その前にどこかのお店で休憩しようか。お店を見つけてそこで情報収集をするのも良いもんだよ」

「お姉ちゃんの意見には賛成かな。闇雲に探すよりはその方が良さそうだから」

「そうだね。えっと、それじゃあまずは周辺の地図を……」



 僕達は駅舎の近くにあった周辺の地図を見に行った。その地図によれば、この近くには商店が一つあり、更に少し歩いたところには小さな牧場があるようだった。



「へえ、牧場。中々行く機会はないし、牛や馬を見られそうだから行ってみる?」

「そうですね。とりあえずこの近くにあるというお店におじゃましてその牧場への道を聞きましょう。そこで飲み物などを買って、飲みながら行った方が良いと思いますから」

「それは賛成。流石にちょっと喉が渇いてきちゃった」

「ですね。んで、商店への道は……ああ、この先をずっと歩いて右に曲がったとこみたいだな。そんなに迷うような道でもないけど、ここはまったく知らないところだからとりあえず気を付けながら歩こうぜ」

「そうですね」



 そして僕達はゆっくりと歩き始めた。歩いている途中で田植えをしている人をよく見かけ、早穂さんはそれを珍しそうに見ていた。



「テレビでは見た事がありますが、あのようにして稲作というのはするのですね」

「早穂ちゃんって小学校の時にああいうのの体験はした事ないの? バケツを使って稲を植えるとか」

「私は経験がないですね。ですが、後学のために体験はしてみたいです。米飯は時々出てくる程度ですが、それでも自分が食べる物を自分で作ってみるというのは良い経験になるはずですから」

「まあそれはね。けど、早穂ちゃんみたいなべっぴんさんがどこかの農家さんに体験をしに来たら、うちの息子の嫁になってくれって声をいっぱいかけられると思うよ。この辺りどころか私が今住んでるところでも早穂ちゃんクラスの子って中々見かけないから」

「実際、さっきから注目を浴びてますからね」



 進君の言う通りで、田植えをしている人やすれ違う人はみんな早穂さんに目を奪われており、それだけ早穂さんがやはり綺麗で可愛らしい人なのだと実感していた。そうして歩く事数分、件の商店に着いた僕達が中に入ると、店主らしいおばさんが店の奥から出てきた。



「はいはい、いらっしゃいま……あらあら、これまた綺麗な子やかっこいい子ばかり来てくれて。こんな何もないところによく来てくれたねぇ」

「いえ、ここに来るまでに色々な物を見る事が出来ましたし、こういうのんびりとした雰囲気の場所も良いなと思いましたよ」

「そう言ってもらえて嬉しいねぇ」

「それでなんですけど、この近くに牧場があるみたいで、せっかくなので見に行こうって話してたんです。ここから牧場は近いですか?」

「ちょっとは歩くけど、まあそんなに迷わないよ。ただ、道を知ってる人がいた方が良いから……」



 おばさんは店の奥の方を見た。



宗太そうた、あんたちょっと来なさい!」



 すると、店の奥から白いシャツに短パン姿の坊主頭の同年代らしい男の子が出てきた。



「なんだよ、母ちゃ……」



 宗太君は少し迷惑そうな顔をしていたが、早穂さん達を見た瞬間にその顔は赤くなり、それを見たおばさんはニヤニヤと笑い始めた。



「宗太、可愛い子ばかりだからって照れてんじゃないよ」

「て、照れてねぇから! それで、何の用だよ?」

「この子達を“風ちゃん”とこの牧場に連れてってあげな。あんた暇だろ?」

「アイツのところ?」

「そう。こんな可愛い子達と一緒に歩けるんだ。それでお釣りは来るってもんだろ?」

「べ、別にそんなことねぇし……けどまあ、どうしてもって言うなら連れてってやらねぇ事もねぇけどさ」



 そう言いながらも宗太君は女子組、特に早穂さんの事をチラチラと見ており、明らかに好意を持っているのがわかった。



「それならさっさと連れていってあげな。みんな、この子ちょっとぶっきらぼうかもしれないけど、悪い子ではないから仲良くしてあげて」

「わかりました。宗太君、よろしくね」

「お、おう……」



 そして商店で軽く買い物をした後、僕達は宗太君の案内に従って牧場に向けて歩き始めた。

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