第39話

 数日後、僕は放課後に早穂さんのお屋敷の広間にいた。といっても、散歩部の活動をするためではなく、日曜日の夜に起きた出来事について早依さんと魚倉君から話を聞くためで、僕達の他にも早穂さんと歌穂さん、そして吉良さんの姿もあった。



「さて、それでは話すんだが……歩君、改めてあの時は申し訳ない事をした。早穂について話がしたいとウソをついて呼び出し、君を危険な目に遭わせてしまったな」

「もうその事は良いですよ。ウチにもお詫びの品を持って歌穂さんと吉良さんと一緒に謝罪をしに来てくれましたし、両親や悠貴達も驚きはしても事情を聞いて納得はしてましたから。今度は何も気にせずに遊びに来て欲しいと言ってましたよ」

「そうか……」

「共田、俺も本当にごめん。危険な目に遭わせた上に骨川を信用させるウソとは言えお前の事を酷く言ったからな……」

「それも大丈夫。魚倉君だってご両親と一緒に来てくれたし、結果的に怪我も何もしてないから平気だよ」

「共田……」



 魚倉君が嬉しそうな顔をする中、早穂さんは軽く手を上げながら口を開いた。



「あの……それでどうして歩さんを公園に? お話を軽く聞いた限りではその骨川という方が私を狙って歩さんに危害を加えようとしたという風に感じたのですが……」

「簡単に言えばそうだな。まず骨川という少年は不良グループのリーダーをしていて、日々大人の目の届かないところで飲酒や喫煙をし、女遊びにも明け暮れていた。そんな時に歩君と一緒にいた早穂を見つけ、一緒にいて邪魔になる歩君を排除した上で早穂を物にしたいと考えていたようだが、それを進君に気取られて先手を打たれたという形だな」

「俺が共田と仲良くなりたかったのは本当だ。共田はいつも一人でいたけど、仲良くなれそうな雰囲気はしてたし、あまり良い噂を聞かない骨川が嫌な視線を向けてたから共田を守りたいと思って骨川の件を隠した上で話しかけに行ったんだ。誰かが近くにいれば大っぴらには手出しは出来ないと考えてな」

「そして早穂の事をクラス内で話していた際に感じた視線からそろそろ手を打たないといけないと考えた進君は歩君と早穂が部活動でいなくなったタイミングを見計らってウチへと来て、俺に協力をして欲しいと頼んできたんだ。因みに、歌穂も芽衣子も同席していたからこの件については知っていたが、当然早穂には話さなかった。自分が原因で歩君に危害が加わるとなれば早穂は自分から行動しかねなかったからな」

「それについては反論出来ませんね……」



 早穂さんが俯く中、魚倉君は小さくため息をついた。



「まあ早依さんが警察やメディアの知り合いにまずは相談して情報の広がりを防いでくれた事でこの事は世間で大きく取り上げられる事はなかったし、骨川やその仲間達もまとめて逮捕する事は出来た。学校では集会が開かれる程の騒ぎにはなったけどな」

「そうだったね。余罪もあった骨川君とその仲間達は退学になったし、しばらくは風紀委員や生徒指導の先生が持ち物検査をする事にもなったから、学校的には大事件ではあるね」

「ああ、そうだな」



 魚倉君は頷きながら答えると、真っ直ぐな目で僕を見た。



「共田、もし俺に何か言いたい事があればいまこの場で遠慮なく言ってくれ。非難でも罵倒でも良い。それを言う権利がお前にはあるし、言われるだけの事をしたからな」

「魚倉君……」



 魚倉君の声からそうする事で許されようとしているのではなく、本当に自分はそうされるべきなんだと考えているのがはっきりとわかった。だからこそ、僕が取るべき行動は一つだ。



「そうだね。でも、あんまりあれこれ言ってもしょうがないから一つだけ」

「ああ」



 魚倉君が待ち構える中で僕はゆっくりと口を開いた。



「これからも僕と仲良くしてくれると嬉しいな」

「……え? ほ、本当にそれだけか?」

「うん、そうだよ。人によっては本当に色々言うのかもしれないけど、僕はそういうのを言うのは苦手だし、魚倉君が行動してくれたおかげで今もこうして生きていられる。感謝こそしても恨んだり怒ったりなんてしないよ。だから、これからも仲良くしてほしい。君のその思慮深さや行動力で助けてほしい。それが僕の言いたい事だよ」

「共田……」



 魚倉君が呟く中、早依さんは大きくため息をついた。



「……まあ実に歩君らしい判断だな」

「ふふ、私もそう思います」

「私も同感です」

「そうですね。多少甘い判断かと私なら思いますが、実に共田様らしい判断だとは思います」



 早依さん達が頷き合う中で魚倉君は軽く目に涙を浮かべた後に安心したように笑みを浮かべた。



「ああ、もちろんだ。やっぱりお前のその優しすぎる部分は見ていて心配になるからな。これからもお前と話したり一緒に飯を食べたりしながら友達として色々世話を焼かせてもらうよ。“歩”、改めてこれからもよろしくな」

「こちらこそ、“進君”」



 僕達は握手を交わす。今回の件は色々大変だったけれど、結果的には起きてよかったと言える。何故なら、一つの事件を乗り越えて僕は早穂さんとはまた違った形で大切な存在を手に入れる事が出来たのだから。

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