第36話

 南に向かって歩き始めてから約十分後、僕はお題に沿って亡くなった人を思い出していた。


 僕が思い出していたのは去年亡くなった父方の祖父で、僕が小学生の頃に祖母が亡くなった後も一人で暮らし続けていた。父さんはもちろん、母さんも一緒に暮らそうとしていたけれど、祖母と一緒に暮らした家で自分も死にたいのだと言ってそれを断り、去年亡くなってしまった。


 これと決めたら中々意見を譲らない頑固な人ではあったけれど、僕や悠貴達はとても可愛がってもらったし、腰が曲がっていたり体力が衰えたりする事もなく毎日家の周りをランニングしているような矍鑠かくしゃくとした人だった。



「あそこまで元気だったのにあっさり亡くなったし、毎日っていうのは大事にしないといけないな」



 祖父ちゃんの顔を思い出しながら呟いていた時、早穂さんは僕の顔を覗き込んできた。



「早速亡くなった方を思い出していたのですか?」

「うん、亡くなった祖父ちゃんの事をね。早穂さんは誰か思い出してた人はいた?」

「そうですね……私の場合はそもそも親戚付き合いという物もあまりしていなくて、お正月などの集まりも参加していないんです」

「そうなんだ。それじゃあ早依さん達から誰々が亡くなったって聞いてもあまりピンと来ないよね」

「そうですね。他の分家の方や本家の方々は老衰であったりご病気などで亡くなった方は何人もいらっしゃるようですがお会いした事は一度もないです」

「ほ、本家……?」



 早穂さんは微笑みながら頷く。



「はい。私の家は分家でして、御供の姓は名乗っていますがお父様が本家の方々との関係を絶った事で絶縁状態なのです。なので、集まりにも呼ばれませんし、我が家での冠婚葬祭にも本家の方々や他の分家の方も関わってこないようです」

「そうなんだね……でも、どうしてそんな事に?」

「なんでも本家は男性至上主義な家風らしく、幼馴染みだったお母様とお父様が結婚なさった後もお母様をまるで物のようにこき使おうとしたようです。それに対してお父様が怒り、自ら絶縁状を叩きつけて現在に至るのだと聞いた事があります」

「それは早依さんじゃなくても怒るよ」

「ただ、その家風は今でも変わっていないようで、私の二歳上にあたる本家の長女だった方もあまり良い扱いは受けていなかったようで、その後に第二子として長男が生まれた時には長女そっちのけで長男を猫可愛がりして長女はその後に罹った病で息を引き取ったのだそうです。弔いはされても死は悼まれずに」

「そんな……」



 それは可哀想という言葉すら言えない程だった。まるで生まれてきた事が罪かのように扱われ、最低限の弔いだけされてその後はなんでもなかったかのように悼まれない。そんな事があって良いのかと僕は静かに憤るしかなかった。



「その方も本家に生まれる事がなければ、今でも生きていらっしゃって学生生活や恋愛などを楽しまれていたはずです。他の分家の方は表面上こそ本家のやり方に従ってはいるようですが、集まりがない時には本家のやり方には従わずに暮らしているようなので」

「なんだか本当に哀しいね。生まれてきた事が悪いわけないのにさもそれが悪いかのように酷い扱いを受けて、その生涯すら閉じる事になるなんて……」

「同感です。これでお題こそ達成ですが、今一度亡くなられた方には哀悼の意を示しましょう。天国では安らかに暮らせるように」

「うん」



 立ち止まった僕達はその場で数秒黙祷を捧げた。亡くなった祖父ちゃんやその長女が天国で楽しく過ごせるように。黙祷が終わった後、早穂さんは空を見上げながら優しく微笑んだ。



「私達の祈りは届いたでしょうか」

「届いてるよ、きっと。さて、これでお題は達成しちゃったけど、これからどうしようか。もう少し色々歩いてみる?」

「はい。まだ歩き足りないと感じていますし、もう少し歩いてから帰りたいです」

「うん、わかった。それじゃあ何かお土産でも探しながら歩いてみようか」

「はい!」



 早穂さんが嬉しそうに答えた後、僕達は何が良いか話し合いながら散歩を続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る