第33話

 橋を渡り終えた後、僕達はゆっくり歩きながらカッコいいと思う字を探し始めた。



「カッコいい字かぁ……イメージとしては『武』とか『剣』かなと思うけど、それが見つかるかはわからないよね」

「そうですね。ただ、カッコいいと思う字なので、ひらがなやカタカナ、アルファベットや他の文字でもカッコいいと思えたならお題は達成ですからね。そこは気楽に考えましょう」

「うん。それにしても、こっちの方までは中々来ないからちょっと新鮮かも」



 僕は辺りを見回す。見慣れない町並みはどこか別の世界にでも来てしまったようで不思議な気分だった。



「こういうところがあったんだなって思うし、たまには川とか町一つ越えるのも良いなって感じがするよ」

「同感です。後は迷わないようにするだけですが……」

「とりあえず道は覚えるようにするし、最悪後戻りしたら帰れるように真っ直ぐに進むようにしてそんなに奥までは行かないようにしよう」

「そうですね。その方が良いと私も思います」



 早穂さんが頷いた後、僕達はお題に沿うような物を探しながら歩く。けれど、それらしい物は中々見つからず、僕はここまでにした方が良いと感じて早穂さんに声をかける事にした。



「早穂さん、流石にそろそろ戻ろう。どんどん進んでも見つかるとは限らないし、程よいところで戻らないと帰れなくなっちゃうし」

「そうですね……残念ですが、その方が良さそうです」



 早穂さんの声から心から残念だと思っているのが伝わった後、僕達は振り返ってそのまま戻り始めた。そして今回はお題失敗かと残念に感じていた時、ふとある物が目に入った。



「ん……」

「どうしたのですか?」

「これ、求人の張り紙か」



 電信柱に貼られていた求人の張り紙自体は珍しく無かったけれど、その中に書かれていた『働』ほ字がふと目に入った。



「……早穂さん。これでお題達成かもよ」

「え?」

「僕達がこうして携帯を使って散歩出来たり暮らせたりするのって父さんや母さんが働いてくれているからじゃない? いずれは僕達だってその時が来るけど、今は父さんや母さんに頼ってる状態だ。それだったら、様々な形で働いてくれている人達ってカッコいいと言えない?」

「たしかに……私達にとって身近なのは両親や芽衣子ですが、他にもお仕事をなさっている方々がいらっしゃるからこそ私達の生活は成り立っていますし、その姿はカッコいいと言えるのかもしれませんね。その考えは私も賛成です」

「よし、それじゃあこの働の部分だけ撮ってこれでお題達成にして、お互いに両親や芽衣子さんにはしっかりと感謝しよう」

「はい!」



 僕達は携帯のカメラを使って求人の張り紙の働の字だけを写真に撮った。人が様々な物のために動くからこそ働くという字が出来るんだなと感じ、いつも外に働きに出ている母さんや僕達の事を考えながら家事をこなしつつ在宅で仕事をしている父さんに心の中で感謝をした。



「あ、そうだ。せっかくだから自分達の両親や芽衣子さんのために何か買って帰らない? 感謝の言葉だけじゃなく、日頃の疲れを癒せるような何かがあっても良いと思うから」

「素敵ですね! 私も大賛成です!」

「よし、それじゃあまずは戻ろうか。その後、近くにある雑貨屋とか家具屋を見に行ってみよう」



 早穂さんが頷いた後、僕達はどんな物を贈るかを相談しながら疲れを感じさせない軽い足取りで歩き始めた。

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