第25話

 三人で歩き始めてから数分が経った頃、早依さんがいる事で僕が緊張する中、早依さんは鼻歌交じりに楽しそうに歩いていた。



「こうしてのんびり歩いてみるのもたまには良いもんだな。普段は見かけない景色も見つけられてかなり気分が良い」

「普段は車なんですか?」

「いいや、俺も歌穂も電車だ。他のとこの社長やら会長やらは運転手つきのデカイ車に乗ったり自分で運転したりしてるみたいだからいつも驚かれてるな」

「まあ一般的なイメージはそうですからね。でも、どうして電車なんですか?」



 早依さんはニッと笑いながら答える。



「その方が世間が見えるからだよ」

「世間が見える……」

「別にそういう通勤をしている連中を否定する気はないさ。それもまた一般的な価値観だからな。けれど俺達は他の奴らと同じ物が見たいからぎゅうぎゅう詰めの通勤電車に乗っていつも行ってるんだ。それにスーツだって特別上等な物にはしてない。汚したくないからというわけじゃなく、同じ目線に立つなら同じくらいの物を持って同じような経験をするのが一番だからな」

「でも、やっぱり驚かれるんじゃないですか? 社長さんが電車通勤しているわけですし」

「思ったより気づかれないぞ? だから、話しかけてくる奴もそれなりにいるし、前はそういう奴と仕事帰りに飲みに行った事もある。何だかんだで気付かれるが驚かれるだけでその後も普通に接してくれる奴が大半だ。だから、やっぱりこういうやり方の方が親しまれやすいんだろうな」

「なるほど……」



 僕が納得しながら頷いていると、早依さんは僕の頭にポンと手を置いた。



「わっ……」

「どんな事でも同じ目線に立つっていうのは大事だ。そして、出来ないわけじゃないのに他人の考えを理解しない奴や他人を無視して自分勝手にしかしない奴が世間には多くいる。それもまた仕方ないが、自分はそうならないように気を付けた方がいい。そういう奴っていうのは、知らず知らずの内に大切な物を失うからな」

「……はい」



 早依さんの言葉は僕の心にスーッと染みていった。社長として成功した人だからというわけじゃなく、早依さんの声や言葉自体に経験や感情の重みがあるからだ。それは一朝一夕では絶対に身に付かないし、しっかりと聞きたいと思わせる魅力があった。



 そんな事を考えながら言葉を噛み締めていた時、早穂さんが少しむくれた様子で僕達を見ていた。



「お父様まで歩さんを独り占めするのですか……?」

「ははっ、悪い悪い。けど、歩君はしっかりと話を聞いてくれそうだったからつい話してしまうんだ。そういう雰囲気を常に出してるんだろうな」

「そう、なんですかね……早穂さんはどう思う?」

「それは私も同感です。歩さんと一緒にいると不思議と安心して色々話したくなったり何かをお願いしたくなったりするんですよね」



 早穂さんが微笑む中、早依さんは二度静かに頷く。



「そうだな。そしてそれはかなりの長所でもある。少しイヤらしい話になるが、相手に安心感を与えられると、その相手から色々な情報を引き出しやすくなるし、今度はこちらが優位に立ちながらそれを元に商売が出来る。だから、商売人なら誰でも欲しくなる才能ではあるな」

「早依さんもですか?」

「ああ。まあ歩君の場合はそういう使い方をする気はないと思うが、それを自分の思ったように使いこなせたら何物にも代えがたい一番の武器になるし、誰かの隣を歩く上でも大事なものになる。だから、その長所は大切にしてくれ」

「わかりました」



 僕が頷くと、早依さんは僕の頭をがしがしと撫でてから僕達の前に出た。



「よーし、話はここまでにして東に進みながら絵に書かれた動植物を探すぞ。最終手段は自分達で書く事になるけどな」

「そうならないように頑張って探しましょう。その方が達成感があると思いますから」

「そうですね」



 そして早依さんがズンズンと進んでいく中で僕と早穂さんは並びながらその後に続いた。

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