第三話 ライブ!

「ねぇ、コッパまだかな……」

「客もかなり入ってるし、ヤバいよ……どうしよう……」


 教室はクラスメイトたちの手によって様変わりしていた。

 机を並べて教室を半分に仕切り、黒板側半分の壁面に発表資料を掲示した。並べた机の手前には椅子が並べられ、ステージを眺める観客席のように仕立てた。

 呼び込みの効果もあり、すでに椅子はすべて客で埋まっており、立ち見もかなり出ている状況だ。

 しかし、教室の後ろ半分には何もなく、木葉このはもまだ帰ってきていない。


「コッパくん、もうすぐ帰ってくるから! ねっ!」


 クラスメイトの不安を無くそうと、美樹は笑顔でみんなを励まし続けていたが、それも限界で不安感はピークを迎えようとしていた。


 その時だった。


「みんな、お待たせ!」


 笑顔で教室に飛び込んできた木葉このは

 そして、その後ろに続いたのは、丸太を担いだ加工場の若手と若菜だった。

 教室にクラスメイトたちの歓声と、待っていた客からの拍手の音が教室を埋めていく。


「台座に固定して!」


 若菜の指示に従って、若手たちが準備を進めていく。

 丸太は高さ一六〇センチ程、太さは三〇センチ程。台座となる厚めの木の板に固定されて、そそり立っている。


「……木葉このはくん、頑張って……!」


 耳打ちする若菜に、木葉このはは力強く頷いた。

 その様子を悔しそうな表情で見つめる美樹。


(またあの家政婦……!)


 そんな美樹の様子には気付かないまま、木葉このはは並んだ机の向こうに大勢いる客に頭を下げた。クラスメイトたちはその様子を見て、それぞれの配置につき、教室後方には誰も入らせないように目を光らせている。


「皆様、たいへんお待たせいたしました。これからライブを行います。 衣装に着替えてきますので、もう少々お待ちください」


 客からの拍手とともに、大きなバッグを持って教室を出ていく木葉このは。そして数分後――


 ヘルメット、防護用ゴーグル、オレンジ色の林業従事者用ジャケット、防護用スボン、手袋を身につけた木葉このはがゆっくりと教室に入ってくる。木葉このはのまとう緊張感と雰囲気に気圧けおされたのか拍手や歓声はなく、静かな空気の中での登場だった。


「何で作業着着てるの?」

「あの木を切るのか?」


 客がざわつきはじめる。

 木葉このはは、手にしていた大きなバッグを開けた。

 手にしていたのは、少し小振りな電動チェーンソーだった。


「中学生がチェーンソーで木を切るパフォーマンスか」

「やだ、危なくないのかしら」


 客のざわつきが大きくなっていく。


 フォン フィイイイイイン


 電動チェーンソーの動作音に客も静まった。


「それでは始めます」


 フィイイイイイ


 客に向かって一言発した後、木葉このははチェーンソーを立てられた丸太に向けた。


 フィイイイイイ


 木くずは宙を舞っているが、客は皆首をかしげている。

 木を切っている様子がないのだ。


 そして――


「わあああああぁ!」


 客から大きな歓声が上がった。

 丸太に、猫の顔が浮かび上がっていたからだ。


 木葉このはは丸太を切っていたのではない。

 丸太をのだ。



 チェーンソー・カービング――


 チェーンソーを使って木や氷を彫っていく彫刻のこと。チェーンソーアートとも言われている芸術である。北米や欧州、日本での人気が高く、『世界一危険な芸術』とも言われている。通常のチェーンソーではなく、キックバックが発生しづらい先の尖った専用のチェーンソーを用いて彫っていく。



 教室を半分に仕切り、自分と大きく距離を取らせたのはこれが理由だった。

 教室に響き渡るチェーンソーの動作音。そして、時に大きく、時に細かく木を彫っていく木葉このは。その迫力と、少しずつ丸太に浮かび上がっていくタヌキや鬼の顔に、客からは大きな歓声と拍手が沸き起こった。

 彫刻を初めて十五分。手を止めた木葉このはは、客に向かって話し始める。


「北米先住民の代表的な文化でもあるトーテムポールですが、今回は日本にローカライズして、縁起物である『招き猫』、『信楽焼のたぬき』、そして魔除けである『鬼瓦』の和風トーテムポールをイメージして彫刻を施してみました。元々北米ではどんな意味があったのか、ぜひ教室内の発表資料をご覧いただければと思います。本日はライブをご覧いただき、ありがとうございました」


 頭を下げた木葉このはに、客とクラスメイトたちは大きな拍手と笑顔でねぎらった。

 その後、多くの客が発表資料を見学し、クラスメイトたちも張り切って自分が担当した資料の説明をしていた。


 廊下で休憩していた木葉このはの頬に冷たい何かが触れる。


「はい! お疲れ様!」


 美樹が冷えたミネラルウォーターを持ってきてくれたのだ。


「……すごくカッコ良かったよ!」


 頬を赤らめて笑顔を向ける美樹に、木葉このはも顔を赤くし、お互いに照れながら微笑み合った。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――文化祭終了後の教室


 文化祭は大成功で幕を閉じた。クラスメイトたちは皆笑顔だ。しかし、そこに問題児である則夫と早苗の姿はなく、木葉このはは厳しい表情を浮かべていた。

 木葉このはがクラスメイトに語り掛ける。


「みんな、これからする話を最後まで真剣に聞いてほしい」


 木葉このはの様子にクラスメイトたちも真顔に戻っていく。


「今日、僕が帰ってくるのが遅れたのは、則夫と早苗に会ったからなんだ」


 ざわつく教室。


「アイツら、また邪魔したのかよ!」

「ふざけんなよ!」

「教室荒らしたのだって、アイツらじゃねぇの!?」


「最後まで聞いてくれ!」


 普段優しい木葉このはが怒鳴ったことに皆驚き、教室は沈黙した。


「教室を荒らしたのは、あのふたりだった。でも、理由があったんだ」


 クラスメイトたちは真剣に耳を傾けている。


「ここからの話は、絶対に他所よそで言わないでくれ。『ここだけの話』なんてのも無しだ。約束してくれ」


 皆、その言葉に頷いた。


「あのふたりは、どうしてもクラスの発表を中止させたかった。それは親が来てしまうからだ」


 親子喧嘩でもしているのかと、首をかしげるクラスメイトたち。


「あのふたり、親から虐待を受けてた」


 皆驚きの表情を浮かべている。


「則夫、いつも生傷やアザだらけだっただろ。あれは喧嘩をしたからじゃない。全部父親の暴力が原因だ。アイツ弟がいて、やり返すと弟に暴力が向かうんじゃないかと、毎日暴力に耐えていたらしい」


 言葉を失うクラスメイトたち。


「早苗はもっと酷い。アイツ、小学生の頃に母親が再婚したらしいんだけど、その新しい父親に身体を触られたりしていたらしい」


 小さな悲鳴が女子たちの間から上がる。


「母親が幸せそうだからと我慢し続けたらしいけど、そのクズは勘違いしたんだろうな。『俺に身体を許してる』って。中学生になった後、母親のいない時に襲われたらしい。不幸中の幸いで、何とか逃げることができたらしいけど……。早苗も夜中に遊び歩いているわけじゃなかった。家に帰りたくても、帰ることができなかったんだ。ふたりとも不良でも何でもなかったんだよ」


 女子の中には涙を流している子もいた。


「ふたりとも信用できる大人が周りにおらず、誰にも相談できない。でも、どうしてもそんな親が学校に来てほしくない。それで教室を荒らしてしまったらしい」


 うなだれるクラスメイトたち。


「もちろん、あのふたりがやったことは許されることじゃないけど、そういう事情があったってことを覚えておいてほしいんだ」

「ねぇ、今ふたりは?」


 心配そうな美樹。


「児童相談所で保護されているはず」


 安堵の笑みがクラスメイトたちの顔に浮かぶ。


「……ただ、もう学校には来ないと思う。ふたりとも泣きながら謝ってたよ。『とんでもないことをしてしまった』って……」


 成功に終わった文化祭。

 しかし、木葉このはや美樹、クラスメイトたちの心には黒くて重い何かがのしかかっていた。



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