第二話 壊された絆

「コッパくん、おはよう!」

美樹みきちゃん、おはよう」


 早朝、中学校への通学路で元気な挨拶が木葉このはの後ろから飛んできた。

 笑顔で駆け寄ってきたのは、同じクラスの杉田すぎた美樹みき。黒髪のポニーテールが可愛らしい陸上部所属の元気な女の子。ちなみに『コッパ』というのは木葉このはのあだ名だ。


「いよいよ今日だね! お客さん、驚くかな!?」

「あのトーテムポール、きっと驚くよ。みんなで頑張って作ったからね」


 今日は文化祭当日。高校や大学のようなお祭り騒ぎな文化祭ではなく、どちらかというと、これまで学んできたことや深堀りして調べたことの発表会という色が強く、とてもお固い文化祭だ。来客も家族限定で、食べ物の提供やお化け屋敷のような出し物は一切ない。それでも、自分の子どもがどんな環境で勉強しているのか。またどんな勉強をしているのかを間近で見れる数少ない機会のため、毎年多くの来校者で賑わっている。

 木葉このはのクラスでは『現代に息づく北米先住民たちの暮らしと文化』をテーマにしており、現代社会に受け継がれている先住民たちの文化に関する調査結果を教室の壁面に貼り出し、また見様見真似で手作りした民芸品のサンプルなどを展示している。

 その中でも、目玉の展示物が手作りのトーテムポールだ。


「コッパくんがいたから、木材とかすぐに用意できて助かったよ! もうコッパくん様々!」

「違う違う、美樹ちゃんがクラスのみんなの似顔絵を書いてくれたから実現できたんだよ。ありがとね」


 ふふんとドヤ顔の美樹に、思わず木葉このはも笑ってしまった。

 今回のトーテムポールは、クラスメイト全員の顔が飾られている。美樹が書いたコミックチックな似顔絵を元に、くじ引きで決められたクラスメイトの顔を木の板に彫っていき、それを木の柱にはめ込んだのだ。正直統一性がなく、色々な顔が並んでいてちょっと気持ち悪くもあるのだが、クラスの絆を感じさせ、そのいびつさがいい味になっている中々の出来のオリジナル・トーテムポールになった。


「美樹ちゃんの顔、緑色にしちゃった」

「もう! おかげでみんなから『ゴブリン』とか呼ばれるようになったんだからね!」


 色彩も自由だったせいか、サイケデリックな見た目になったのもこのトーテムポールの魅力のひとつになっている。


 木葉このはと美樹の楽しげな笑い声が通学路に満ちる朝のひと時。

 しかし、展示スペースである教室では大変なことが起こっていた――



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「なんだよ、これ……」

「ウソでしょ……」


 教室に入ったふたりは、他のクラスメイトと共に呆然と立ち尽くす。

 教室が荒らされていたのだ。壁際の発表資料は破かれ、展示スペースの民芸品のサンプルは壊されていた。

 何よりもクラスメイトたちがショックを受けたのは、切断されて壊されていたトーテムポールだ。ノコギリのようなもので三箇所切断されている。装飾された顔を切断された女子は、友だちの胸で泣いていた。


「これじゃあ、展示は中止だなぁ」

「あぁ、残念残念」


 小馬鹿にしたような声を上げたふたりを、他のクラスメイト全員が睨みつける。則夫のりお早苗さなえだ。


 則夫は金髪ベリーショートの男子。毎日のように喧嘩をしているらしく、生傷やアザが絶えないヤンキーだ。

 早苗は茶髪ロングの女子。家にはほぼ帰っておらず、深夜に繁華街をうろついていたり、コンビニで夜を明かすことも多い問題児。


 教室の状況をヘラヘラしながら見ているふたりに、クラスメイトたちも怒りが爆発しそうになった。


「全員いるな」


 担任教師がやってきた。この教室荒らしの件で、先程まで緊急の職員会議が行われていたらしい。

 担任から次に出てくる言葉を緊張して待つクラスメイトたち。


「文化祭は予定通り行う。だが、ウチのクラスは発表を中止する」


 その言葉に女子の泣き叫ぶ声が教室に響き渡る。

 則夫と早苗はニヤリと笑い、そのまま教室を出ていった。

 悲しさと悔しさに包まれる教室。

 誰もがうなだれ、声を殺して涙を流している男子もいた。


「先生、僕に案があるのですが」


 挙手した木葉このはに全員の注目が集まった。


「コッパか。言ってみてくれ」

「はい、僕の案は――」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「――以上です。どうでしょうか?」


 悩む担任。


「先生、オレ、コッパの案に賛成です!」

「私も! コッパくんの案なら客も呼べます!」

「お願い、先生! 頑張った成果を発表させてください!」


 クラスメイトたちの必死の訴えを聞きつつ、しばらく悩み続ける担任。

 そして、顔を上げた。


「……わかった。やろう」


 教室が喜びの歓声に包まれる。


「コッパ、お前がまとめ役になってくれ」

「はい、わかりました」


 クラスメイトの視線が木葉このはに向いた。


「みんな、さっき言ったことを手分けしてやっていこう」


 真剣な表情でうなずくクラスメイトたち。


「ねぇ、コッパくんの負担が大きくない……?」


 心配そうな美樹に笑顔で答える木葉このは


「大丈夫だよ」


 木葉このはは、制服の内ポケットからスマホを取り出した。


「僕には頼りになるひとがいるからね」


 美樹の脳裏にあの美人家政婦が浮かぶ。

 木葉このはの言葉に胸が痛くなる美樹。


「さぁ、時間がないから急ごう! 美樹ちゃん、みんなへの指示出しよろしく!」

「……うん、わかった!」


 木葉このはは、スマホをタップして通話を始めた。


「……もしもし、若菜さん? ゴメン、緊急で助けてほしいんだ――」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ブオン ブオン ブオオオオオオオオオオオオ


 静かな朝の空気を切り裂くエンジンチェーンソーの音が木材加工場に響き渡る。

 ヘルメットにゴーグル、林業用ジャケットに防護用スボンを身に着けた若菜がチェーンソーで丸太を切断している。


「社長、すみません! 材木代、給料から差っ引いてください!」

「馬鹿言うな! 木葉このはくんがピンチなのに、ワシらが助けてやれなくてどうする! ほら、キックバックに気をつけろ!(作業中にチェーンソーが作業者に向かって突然跳ね上がる極めて危険な現象。死亡事故につながることもある)」

「わかってます! 大丈夫です!」

「教室までの運搬にウチの若いの何人か用意しとくからな!」


 木くずまみれになりながらエンジンチェーンソーを振るう若菜。そして、スマホで加工場の若手にトラックの手配と木葉このはのサポートを指示する社長。

 一銭にもならないガキからの救いを求める声に、本気で手を差し伸べてくれる大人たち。その姿に木葉このはは目頭が熱くなった。『こんな大人になりたい』と本気でそう思ったのだ。


 (若菜さんや社長さんたちの期待を裏切ることはできない。絶対に文化祭で自分のクラスを成功に導いてみせる!)


 木葉このはは心に誓った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る