心の彫刻

下東 良雄

第一話 木葉と若菜

 ゾリゾリ ゾリゾリ ゾリゾリ


 六畳ほどの洋室に小さく響く木を削る音。

 少し小柄、黒髪のストレートマッシュで中性的な顔付きの中学生男子が小さな木片を彫り続けている。

 学習机の上には無数の木くずが散らばり、たくさんの小さな木彫りの鳩が積まれていた。


 コン コン


木葉このはくん、夕ご飯ができましたよ」


 扉をノックする音と女性の声。

 しかし、机に座って彫刻刀を片手に木彫りの鳩を彫っている男の子・木葉このはは、それに気付かず一心不乱に真剣な表情で木片を彫り続けている。


「入りますね」


 部屋に入ってきたのは、黒髪ショートカットでキリッと上がった目尻が凛々しい印象を受ける若い女性だ。優しい微笑みを浮かべ、部屋に漂うヒノキの良い香りを胸いっぱいに吸い込んだ。


「はぁ~、すごくいい香り」

「! わ、若菜わかなさん!」


 女性の深呼吸の音と声に驚く木葉このは

 若菜の存在に手が止まった。


「また彫刻に集中していらしたんですね」

「はい、野球部からお守りを頼まれちゃって……」


 机の上の木彫りの小さな鳩を手にする若菜。


「翼を広げて飛翔する鳩……優しくも力強い躍動感が伝わってきます」

「同じクラスのマネージャーの女子にあげたら、気に入ってくれてカバンにつけていたらしいんだけど、強豪相手の練習試合にそのカバンを持っていったら勝ったらしくて、お守りにしたいって三年の主将さんに頭下げられちゃって……」

「スポーツ選手はげんを担ぎたいものですからね。それに……」


 若菜は木彫りの鳩を顔に寄せた。


「このヒノキの香りが心を落ち着かせてくれます。スポーツは闘争心だけでなく、冷静なクレバーさも求められますから、この木彫りの鳩は本当に勝利に貢献しているかもしれませんね」

「木材加工場からヒノキの木片をいつも持ってきてくれる若菜さんのおかげだよ」


 木葉このはの言葉に若菜が微笑んだ。


「パート先の廃棄物をいただいてきているだけですけどね」

「加工場でもチェーンソー振るって大活躍! って聞いてるよ」


 ニヤつく木葉このはに、顔を真っ赤にする若菜。


「たまにですよ! 人手が足りないときだけです!」

「美人がチェーンソーで丸太を切っている姿は、ギャップがあって良いって」

「だ、誰がそんなこと言ってるんですか!?」

「社長さん」

「あのクソジジイはまったく……」


 頭を抱えて苦笑いする若菜の姿に、木葉このはは大笑いした。


「そういえば、木葉このはくん。文化祭の準備は進んでいますか?」

「うん、おかげさまでね。木材の手配、ありがとう!」

「『トーテムポール』を作るって仰ってましたよね?」

「うん、ウチのクラスオリジナル! もう出来上がっていて、彩色も終わってる。若菜さん、見に来てくれるよね?」


 期待の視線を送る木葉このはに、少し複雑な表情を見せる若菜。


「うーん……でも、行けるのはでしょ? 私は――」

「そんな寂しいこと言うんだ、若菜さんは」


 言葉を被せる木葉このはに、若菜はうなだれた。


「――私は家政婦だから……」

「家族だよ」

「えっ?」

「もう十年近く一緒に暮らしてるよね。親父が安心して海外で働けるのも、僕が寂しい思いをせずに暮らしているのも、ぜんぶ若菜さんのおかげだよ」


 若菜の目に涙が浮かぶ。

 十年近く前、多額の借金を残して両親が失踪した若菜は、親戚をたらい回しにされ続けていた。どこに行っても邪魔者扱い。高校に行くこともできず、ただひたすらアルバイトと我慢を続ける毎日。

 そんな若菜に手を差し伸べたのが、木葉このはの父親だった。妻と別れ、シングルファーザーだった彼は若菜を呼び寄せ、幼い木葉このはの良き母、良き姉になってほしいと話し、若菜はそれを約束した。

 そんな辛かった日々を思い出す若菜。


「家族なんだから、客として胸張って来て!」

「はい、必ず行きますね!」


 笑顔を交わし合うふたり。


「さて、夕ご飯冷めちゃうから食べませんか?」

「食べる、食べる! 今夜は何?」

「ふふふっ、今夜はですね……」


 ふたりは本物の家族のように仲良く部屋を出ていった。



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